イランでは再び反政府デモが勢いを盛り返しています。

これが原油価格に与える影響について考えてみました。

先ず外国が介入しなくてもレジーム・チェンジが起こる可能性が出てきたということはイランの核施設建設を巡ってイスラエルが先制攻撃で空爆をするというシナリオが大きく後退することを意味します。

その理由は、折角、アフマディネジャド政権がぐらついているのに、いま外国から軍事行動を仕掛けるとフラグメント化したイランの国民の心が「有事」でひとつにまとまってしまい、現在の革命親衛隊を中心とした事実上の軍事政権に対する求心力が高まるからです。

すると反政府運動が渦巻いている間はイスラエルも手出しはしないし、国際紛争のシナリオは遠ざかったと見て良いでしょう。

そのことはとりもなおさず中東の歴史で稀に見る、たいへん平和な時代がやってきたことを意味します。

下のグラフはイラン、イラク、クウェートの年間石油生産量を示したものです。

イラン年間原油生産高
これをみると大体、10年に一回くらいの間隔で大きな戦争が起こり、これらの産油国の生産高が激変しているさまがわかります。

イラン革命が起こった直後はアメリカがイランの石油をボイコットします。そのため生産が激減しました。その混乱に乗じてイラクのサダム・フセインがイランに戦争をふっかけます。所謂、イラン・イラク戦争です。

このときはアラビア湾にエグゾセ・ミサイルがびゅんびゅん飛び交い、タンカーの航行が困難を極めました。つまりアラビア湾封鎖です。したがって戦争の当事国でないクウェートもアラビア湾の一番奥、イラクの国境に近いところに位置していたため出荷に影響が出ました。

1991年には今度はサダム・フセインがクウェートに攻め込み、所謂、湾岸戦争が勃発しました。このときはイラク、クウェート両方の生産力が激減しています。

そして先のイラク戦争では再びイラクの生産量が激減を見たのです。

ついでにその他の主要産油国の動向も見ておきましょう。

ロシア・サウジアラビア
ロシアの原油生産量のデータはBPスタティスティカル・レビューでは1985年からしかデータが存在しませんが、それ以前はちょうど赤のサウジアラビアの生産量が1965年から1980年にかけて伸びているのと同じような調子で順調に伸びていました。それが80年代終盤から変調をきたし、つるべ落としに下がってしまうのです。当時ソ連は世界最大の原油の生産国でした。もちろん、その多くは東側諸国で消費されていたので西側の市況に与える影響は今とは違います。

サウジアラビアは原油価格が急落した1980年以降、スウィング・プロデューサーとして減産することで価格維持に努めます。

低迷を極めたロシアの石油産業は2002年くらいから調子を取り戻し、全ての産油国の中でもっとも大きなスケールで増産に走ります。

こうして見てくると各国とも今は増産体制に走っている事がわかります。
勿論、イランは過去の水準からすればまだまだ低い水準ですが、その他の国は過去最高に迫るペースです。

今後イラクが増産に走れば、余分な石油がじゃぶじゃぶ溢れるというシナリオも全く無いとは言い切れないでしょう。