日本では全く話題になっていませんがアメリカやイギリスでは1月末にドバイで起こったある殺人事件が反響を呼んでいます。

殺されたのはハマスの武器商人として活動していたマハムド・アル・マブーという人です。

上のビデオは地政学コンサルタント、ストラトフォア社のものですが、大がかりな諜報部隊を動員して、この殺人が実行されたことを説明しています。

僕はスパイの専門家でも何でもないので難しいことはわかりませんが、このビデオで説明されていない、明白なことがひとつあります。それはドバイが舞台になったということです。

これは中東通なら軽いショックを受けるニュースです。

なぜならドバイは昔から回教徒もキリスト教徒も、ビジネスマンも観光客も、スンニ派もシーア派も、イラン人もイスラエル人も、ドバイに居る限り「基本的に仲良くしましょうね」という暗黙の了解がある土地だったからです。

その不文律の掟が破られたのが今回の事件なのです。

僕が昔中東に住んでいた頃は別にドバイには豪華なホテルやきらびやかなショッピングモールとかはありませんでした。(そりゃ、最低限居心地の良いホテルはありましたけど。)

ドバイの魅力は「ラグジャリー」では断じて無かったのです。

むしろ、「あそこへ行けば、宗教警察の事を心配せずに、チョッと一杯ホテルのプールサイドのバーで飲める」とか、そういう自由があり、それが眼が眩むほどまぶしかったのです。

このビデオにあるように工作員がウヨウヨしていて、寄ってたかって「消される」のであれば、アホくさくてドバイを使う理由はありません。これじゃフランクフルトやニューヨークで商談するのと変わりません。

ストラトフォアのビデオの中でも解説されていますが、ドバイはイランとは目と鼻の先であり、イランの革命親衛隊なども自由に活動できる場所です。その聖域にイスラエルのモサドが11人もの工作員を動員し、どかどか土足で上がり込んできて、堂々と殺人をする、、、このスケールやこれみよがしさに皆、驚いたというわけ。

今のドバイの雰囲気を70年代まで保持していたのはベイルートという町です。中東のいざこざから超然とした位置にあり、誰もがなごめるしどんな商取引もOKということですごく活気がありました。今では完全に死語ですけど「中東のスイス」とよばれていたのです。

その後、ベイルートがどうなったかは今更書くまでもありません。

安全、個人の自由、寛容といった中東で最も希少な価値を持つものがドバイから失われつつあるのかどうか、この都市にとって正念場が来たと思っています。