投資銀行NMロスチャイルド&サンズが200年以上続いてきた「伝統」に終止符を打ちます。
その伝統とは家族のメンバーが経営の采配を振るうというものです。

今回、初めてロスチャイルドの姓を持たない社員、ナイジェル・ヒギンスがNMロスチャイルド&サンズのCEOに任命されました。

ナイジェル・ヒギンスは所謂、生え抜きのロスチャイルドの社員で、社歴は27年。現在は同社の投資銀行部門の共同ヘッドを務めています。

ロスチャイルドは1800年代にMAロスチャイルドが5人の子供をそれぞれロンドン(ネイザン)、パリ(ジェームズ)、フランクフルト(アムシェル・メイヤー)、ウイーン(ソロモン・メイヤー)、ナポリ(カール・メイヤー)に派遣し、インベストメント・バンキングのダイナスティー(王朝)を築いたことで有名です。

つまり同族経営というのが同社のコア・バリュー(根源的価値観)なのです。

NMロスチャイルドにはもうひとつ新しい変化が起きています。

それは新本社屋の建設です。
ロスチャイルド本社


そう書くと(本社を新しくすることくらい、なんだ)と思われるかも知れませんが、これは同社にとっては極めて重要なことです。

最近では薄れてきた伝統ですが、ロンドンのシティ(=金融街)では著名なバンキング・ハウスの住所を言うだけで、どのライバル会社の話をしているのか、ギョーカイの人間ならたちどころにわかるのです。

例えば23 Great Winchester Streetと言えばモルガン・グレンフェル、60 Victoria Embankmentと言えばJPモルガンと言った具合です。(いまはどちらも移転しているとおもいますが)

つまり金融界のある種の「隠語」というわけです。

ロンドンでタクシーに乗って「60 Victoria Embankmentへやってください」と伝えるとそれだけでタクシーの運ちゃんが背筋をピンと伸ばし「モルガンですね」とわかるのです。

NMロスチャイルドの本社はSt. Swithin's Laneにありますが、「New Court」と言う方が通りが良いです。

「ニューコートの動きを探れ!」と言えば、NMロスチャイルド&サンズの事を指しているわけです。

ビッグバン以降、英国の著名なマーチャント・バンクはクラインオート・ベンソンがドレスナー銀行へ、モルガン・グレンフェルがドイツ銀行へ、SGウォーバーグがスイス銀行(のちのUBS)へと次々に買収されました。

その関係で組織も肥大化し、オフィス・スペースの移転が相次いだので、上に書いたような伝統が薄れてしまったのです。

しかしNMロスチャイルド&サンズは同族経営ですからM&Aにも巻き込まれず、昔ながらのスタイルを堅持してきました。

従って今回の新社屋建設も新しいロケーションに移るのではなく、旧社屋を取り壊して同じ場所に立てなおします。

レム・クールハースの設計した新社屋は、ある種、ニューヨークのパークアヴェニューにある「リーバ・ハウス」やサンフランシスコの「ワン・ブッシュ・ストリート」を想起させる、開放的なデザインになっています。その斬新なデザインは(時代に取り残されないぞ)というNMロスチャイルド&サンズの決意のようなものを感じさせます。

さて、時代に取り残される云々の話が出たので、現在の同社の業界での地位を確認しておきましょう。

先ず世界の投資銀行のフィー収入(トレーディングを除く)のランキングは次のようになっています。
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NMロスチャイルド&サンズはトップ集団のランキングには出てきません。そのひとつの理由は同社はM&Aを中心とするアドバイス業務に専念しているからです。債券や株式の引受業務には力を入れていません。因みに競合他社の売上構成は次のようになっています。
投資銀行ビジネス5


ロスチャイルドは英国や欧州大陸のM&Aのアドバイスでは引き続きトップクラスの地位を保っています。でもアメリカでのプレゼンスが小さいのでグローバル・ランキングに乗ってこないのです。
投資銀行ビジネス1

M&Aという分野への特化は同社のように資本金が小さい企業では必然的な戦略だと思います。M&Aは昔から投資銀行にとって最も儲かるビジネスのひとつです。
また業界全体のフィーの金額としても債券や株式の引き受けに引けを取りません。
投資銀行ビジネス2

NMロスチャイルド&サンズにとってもうひとつラッキーだったのは同社が得意とする自動車産業や政府へのアドバイスのニーズが近年高まったという点です。(下のグラフの中ではOtherのカテゴリーに入ります)
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