マルコム・マクラーレンが死にました。マクラーレンはパンクロックバンド、セックス・ピストルズのプロデューサーとして知られています。

セックス・ピストルズは1976年の11月にデビューし、78年の1月に解散した短命なバンドですが、「アナーキー・イン・ザ・UK」、「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」などの有名な曲を残しています。

この当時のイギリスはどんな国だったのでしょう?

1970年代のイギリスは1973年の第一次オイルショックに加え、頻発する炭鉱労働者のストライキで電力が足らなくなり、「Three-Day Week(*)」という異常事態になるほど混乱、疲弊していました。

高失業、高インフレで労働者の勤労意欲は低下し、国民全体が無気力と倦怠の中に沈んでいました。

そして1976年には英国はとうとう国際通貨基金(IMF)から23億ポンドの緊急融資を受ける羽目に陥ったのです。

早い話が今のギリシャみたいな状況だったわけです。


セックス・ピストルズは、そんな「どん底」の経済状態の中から登場しました。

彼らの曲の中でも「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」はエリザベス女王の戴冠25周年(Silver Jubilee)に合わせてリリースされ、ジャケットにエリザベス女王の肖像が使われると言うショッキングなものでした。
ゴッド・セイブ・ザ・クイーン


セックス・ピストルズの仕掛け人であるマルコム・マクラーレンは扇動の天才で、例えばクイーン・エリザベス号という名前のボートにバンドを載せ、テムズ川の河畔の国会議事堂の裏に横付けし「アナーキー・イン・ザ・UK」を演奏し逮捕されるというハプニングを企てています。

音楽批評家の中には「セックス・ピストルズは商業化された操り人形であり、商魂が鼻につく」という意見もあります。確かにマクラーレンの立ち回りは単なる体制批判というにはビジネス・センスに溢れすぎていました。

或いは社会科学的な見方をすればイギリスの新しいアントレプレナー精神は、「サッチャーイズム」の登場を待つことなく、もうこの頃に萌芽していたという風に捉えることも可能かも知れません。

その「鉄のおんな」、マーガレット・サッチャーが首相になるのは1979年5月の総選挙です。

サッチャーは大学生のときにハイエクの「隷属への道(The Road to Selfdom)」を読み、影響を受けます。後の「サッチャーイズム」と呼ばれる一連の政経政策は少なからず「隷属への道」で説かれている精神に基づいています。

昨日、マルコム・マクラーレンが死んだので英国のマスコミは彼の追悼文で溢れているのですが、不思議とこの愚連隊集団を悪く言う声は皆無です。

むしろ英国人がそれまでの政府におんぶにダッコの状態から目覚め、(自分がしっかりしなきゃ、もう誰も助けてくれない)という或る種ふっきれた気持ちになるきっかけを与えてくれた恩人として懐かしく回顧されています。

(*)=ビジネス向けの電力は一週間のうち、3日しか供給しないこと