ギリシャ危機をまのあたりにして「そら見たことか。外国人に借金を作るから、こういう悲惨なことになる。その点、日本は外国人投資家に依存していないから、大丈夫」という意見を言う人が多いです。

それは確かにそういう面もあります。

でも逆の見方も出来るのです。

ギリシャ国債は沢山の海外の金融機関に持たれていただけに「簡単にデフォルトさせるわけにはいかない」という事で欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)も一生懸命対策を考えています。

どんなに過酷な条件を付けられようが、救済してくれるだけマシということです。

日本国債の場合、その大半は日本国内で消化されています。これは「外国人に頼っていない」という見方も出来ますが、有り体に言えば「外国人はアホくさくて、誰も日本国債なんか買わない」ということなのです。

つまり国内勢の「一手買い」だということ。

およそ投資の世界では株だろうが不動産だろうが絵画だろうが、一握りの買い手だけにしかアピールしない投資対象ほど脆いものはありません。それがどんなに人気になっていても、「手替わり」、つまり投資主体が変わらざるを得ないことが起こるといっぺんに化けの皮が剥げるからです。

例えば僕が駆け出しの証券マンだった頃、日本株はバブルの絶頂でした。僕は当時、キャピタル・ガーディアンとか、アライアンスとか錚々たるアメリカの機関投資家を担当させられていました。

ところが全然、手数料が上がらず、常に国際営業部の中でビリの成績でした。

なぜか?

それはもちろん、僕の営業が下手だったということも関係していますが、そもそも当時アメリカの機関投資家は「日本株のPERが80倍なんてクレージーだ!」と主張して、一切、日本株には手を出さなかったからです。

そういう意味では日本株バブルは「日本人の、日本人投資家による、日本人投資家のための」バブルだったのです。

それ自体は別に批判すべきことではないかも知れないけど、ひとたび買いの本尊が何かの理由で買い支えられなくなったら、すぐに他の国の投資家がステップインして、買い支えて呉れないということを肝に命ずるべきです。

シリコンバレーに「フリントストーンの家」というあだ名がついた住宅があります。これはアメリカのマンガ、「原始家族フリントストーン」に出てくる石器時代の家みたいな外観なのでそういうあだ名がついたのです。
Fredflintstone

(出典:ウィキペディア)

これがその「フリントストーンの家」です。
フリントストーンハウス

一体、こんな家、誰が買うのでしょうか?

もちろん、この家を最初に建てた人は、こういうスタイルが好きで家を建てたのでしょうから、その本人が住んでいる間はこの家の持つ本来の価値は問題になりません。

しかしオーナーが死ぬとか、転勤になって家を売らないといけないなどという事態になった場合は、とたんに特定の人にしかアピールしないゲテモノの価値は暴落します。

去年まで欧州各国の国債はポルトガルだろうがスペインだろうがドイツだろうが、皆、大体、3.5%程度の利回りで収束していました。いまから考えると南欧の国の国債利回りがドイツのそれとほぼ同じというのはファンドマネージャーの「居眠り運転」に近い怠慢だということになりますが、当時は危機に対するアウエアネスが無かったのです。

いま欧州がこんなことになってしまい投資家の目は厳しくなっています。ということは外国の投資家は国債に投資する前にその国の信用力を厳しく精査するでしょう。

すると日本の国債の極端に低い利回り(=それは同時に債券価格がバブル当時の日本株の80倍のPER並みに高いことを意味します)が少々上昇したくらいでステップインして日本国債を買い始めるとは僕にはどうしても思えないのです。

(でも日本の金融機関が買っているうちは、大丈夫だろう?)

そういう反論が聞こえてきそうです。それは確かにそうです。でもちょうど日本株のバブルが弾けた時、金融機関がキャピタル・ロス(=ヤラレ)を恐れて日本株に手を出せなくなったのと同じように、国債だって大きなキャピタル・ロスが出るとわかっていれば、なかなか手を出しにくくなるのではないでしょうか?

つまり日本の金融機関がそのバランスシートで受け止められるキャピタル・ロスの許容度の限界が「最後の買い手」を失う瞬間なのです。