金融規制改革法案の上院での投票がいよいよ今週はじまります。

オバマ大統領は「この法案が上院を通過すればサインする」と明言しているのでこれが最後のハードルになります。

この法案は2400ページにも及ぶ膨大なものでオバマ大統領がポール・ボルカー前FRB議長と共同で発表した規制法案の原案に盛り込まれた項目の大半を含んでいます。

しかし、、、

一見、ボルカーのプランは殆ど生きているように見えるのですが、現実的にはループホール(あな)があちこちにあり、実際にはメガバンクや投資銀行にとってそれほどきつくない法律になっています。


大きな争点となったのは銀行がどれだけデリバティブ取引を出来るかと言う点です。結論的には銀行が自己資本を使ってクレジット・スワップなどの取引をやることはOKになりました。これは金利変動のリスクなどから銀行経営を守るのに必要だから許可せざるを得なかったのです。

ただ銀行の本業に関係のない、素材などのコモディティをデリバティブによって取引することは禁止されます。

ボルカー・ルールの主眼点である自己売買部門に関しては、銀行は少しだけなら自己勘定での取引をOKされました。

このデリバティブ取引と自己勘定トレーディングという2点に関する今回の法案の規定は大銀行にとって有利な決定だったと言えます。

実際のインパクトについてですが、一般に米銀の自己勘定の取引の重要性は余り高くありません。最も自己勘定取引からの収益が総収益に占める割合の高いゴールドマン・サックスですら10%程度です。

次にデリバティブ取引ですが今回、クレジット・スワップなどの金融デリバティブ取引が規制の「対象除外」として銀行で取引して良くなったため、実際に現在行われている店頭デリバティブ取引の約85%がこの規制「対象除外」の範疇に入るため、取引してOKになりました。つまりいままでと殆ど変わらないわけです。

強いて言えば金融機関に対する監視の方法が大幅に変更されたと言えます。しかしどのくらい監視が厳格に実行されるかは実際にそれらの組織がスタートしてみないとわかりません。

金融規制改革法案は6月25日に下院を通過し、現在は上院の票決を待っている状態です。
上院は独立記念日で先週は休会でした。今週から上院議員さんたちが戻って来るのでいよいよ投票に付されるというわけです。

票決に関しては先ず討議を終了するために60票の最低票数が必要です(これをクローチャー投票といいます)。今のところ必要票数まであと1票になっているそうです。

なお現在までに正式に態度を表明した議員の数ではあと1票足らないことになっていますが、実際には駆け込みで賛成に回る議員が少なくとも2から3人くらい居ると見込まれているため、クローチャー投票は何とか通過できるというのが下馬評です。

討議終了票決が可決され次第、本投票に移ります。本投票では討議終結投票でYESと投票した議員の一部から反対票が投じられる可能性がありますが、単純過半数だけあれば可決しますので必要票数は51票となります。

さて、金融規制改革法案は上で見てきたようにかなりバラエティーに富んだ法案なのですが、実際の施行に際してどのくらいその精神が厳格に順守されるかが鍵となります。

或る意味で1933年の証券取引法と今回の金融規制改革法案の最大の違いはここであると言えます。

1930年代の証券改革に際してはフランクリン・D・ルーズベルト大統領は当時の有名な仕手筋、ジョセフ・ケネディーをSECの長官に据えました。

この人事にはウォール街や米国民から轟々たる非難の声が上がりました。なぜならジョセフ・ケネディー本人が「盗人」的な目で世間から見られていたからです。ケネディーはいろいろなプール(=投資家の資金を集めて個別株を買い上がる目的のファンド)を組成し、荒稼ぎした実績があります。

ルーズベルト大統領はこの批判を「どこ吹く風」でサラッと無視しました。

「泥棒をつかまえるのには、泥棒を使うのが一番さ」

実はジョセフ・ケネディーはいろいろな事業や仕手戦でお金はしこたま蓄えていましたが、政治的な名声が一番欲しかったのです。これはお金では手に入れることはできません。だからSEC長官の仕事はきわめて真面目に勤め上げる決心をしていました。

ルーズベルトはそういうケネディーの渇望というか弱みを良く見抜いていたのです。

ケネディーがSEC長官に着任してからの活躍はウォール街を「あっ」と言わせました。そしてぐいぐいポイントに切りこんでくるケネディーのやり口に震撼したのです。

たとえばケネディーは:

1. すべての上場証券はSECに登録し、財務諸表を提出すること
2. すべての証券外務員は登録する必要があり、過去の係争など都合の悪い事を開示すること

などを決め、即刻実行に移しました。

現在では企業がIPOする前に書類をSECに提出するのは当たり前のことですが、ケネディー以前は上場企業の業績内容などを一律に、おなじ開示基準で比較することすらできなかったのです。ウォーレン・バフェットの師匠、ベンジャミン・グラハムの「グラハム・ドット・セオリー」もこの開示規定が存在しなければ「絵に描いた餅」に過ぎなかったわけです。

そういうわけでこの規則は米国の証券市場の飛躍にとても貢献しました。

また外務員登録制度は守らなければウォール街から追放されることを意味するので、反対派をいっぺんに黙らせてしまいました。


付録:現時点での金融規制改革法案のサマリー(膨大な法律なので、あくまでもそのごく一部の抽出にすぎません→ウォール・ストリート・ジャーナルの記事などを参考に構成しました)

【政府】
連邦規制当局は困難に陥った金融機関が大きな金融危機を引き起こすことを防ぐ目的でこれを接収しリストラする権限を与えられる。その場合の清算手続きはFDIC(連邦預金保険公社)が担当する。財務省は清算の際に必要なコストを提供する。しかし政府はどうやってそのコストを回収するかの資金回収計画を提示することが義務付けられる。監視当局は資産総額500億ドル以上の巨大金融機関にフィーを貸すことで上記の措置から発生する損を埋め合わせする。

政府は10人のメンバーから構成される金融安定化監視評議会を設立する。この評議会の使命は金融システムの安定を監視し、リスクを指摘することにある。評議会は連邦準備制度理事会に対して巨大で複雑な金融機関への規制強化に関し提案をすることが出来る。またそのような巨大金融機関が金融システムの安定を脅かすような存在であると判断した場合はその企業の分社化を指導する権限を持つ。

連邦準備制度理事会(FRB)の緊急融資プログラムの内容に関して一回限りの監査を行う。FRBは銀行に対して実行した融資の内容に関して2年後にその内容を開示する。12の連邦準備銀行の総裁の人選に関する銀行の役割を排除する。さらにFRBの緊急融資の権限を制限する。

貯蓄金融機関監督局(OTS)を廃局する。代わりにFRBがそれらの中小の金融機関を監督する。

【銀行】
巨大金融機関が自己勘定でトレーディングすることを制限する。ヘッジファンドやプライベート・エクイティへの投資は銀行の自己資本の3%以内に限定する。銀行は投資先ファンドが破たんした場合、それを救済することは許されない。

取引所上場型のデリバティブで、クリアリングハウスを通じて決済されるような投資対象のみを通常の取引形態とする。スワップ取引に関しては中央の集積所に建て玉を報告する義務がある。デリバティブ取引を行う銀行に関しては資本上での制約を付けると同時にマージンの制限、報告の義務、帳簿の保管、仕事を進める上での手続きの規定などの制約を受ける。

リスクの高いデリバティブ取引に関しては別会社にスピンオフすることが要求される。銀行は金利スワップ、FXスワップ、ゴールド・スワップに関しては本体で保持することが出来る。農業コモディティ、金属やエネルギーに関するスワップ契約は子会社にスピンオフする必要がある。

信託優先証券を銀行の資本金として算入することを禁ずる。既に存在する信託優先証券については総資産150億ドル以下の銀行に関してはそれを許可するがそれ以上の銀行については順次フェイズアウトすることを義務付ける。

銀行監視評議会は巨大銀行に対し特別課税を行い、今回の金融規制改革法案のコストである190億ドルを徴収する。この特別課税は資産規模500億ドル以上の金融機関が対象となる。またヘッジファンドで資産規模100億ドル以上のファンドにも特別課税を課す。このフィーは向こう5年にわたり連邦預金保険公社が徴収する。

連邦準備制度の中に消費者金融保護局を設置する。この組織は住宅ローン業者ならびに銀行で資産規模が100億ドル以上のところが対象となる。

連邦預金保険の保障額を25万ドルに引き上げる。

住宅ローンに関し、借入者の返済能力をチェックすることが義務付けられる。住宅ローン・ブローカーが手数料のために割高な住宅ローンを勧誘することを禁止する。

証券会社にも投資顧問業者とおなじフェデューシアリー・デューティー(受託者責任)が科せられる。

銀行がローンを証券化する場合はクレジット・リスクの5%を自己のバランスシートに残しておく事を義務付けられる。

格付け機関の経営改革を行う。劣悪な格付け作業を繰り返した格付け機関は登録取り消しとする。

ヘッジファンドは証券取引委員会に投資顧問として登録することを義務付けられる。

保険会社を監視する機関を財務省の中に設置する。