この夏休みにニューヨークに観光旅行される読者の方がいらっしゃるかも知れませんので、「株ファン」の方のための散歩コースについてちょっと書きます。

今日取り上げるのはウォール街です。

ニューヨーク証券取引所は観光コースになっているのでご存知の方も多いかと思いますが、今日はNYSEから3分ほどブロードストリートを下って、ゴールドマン・サックスの旧本店(85 Broad Street:茶色の大きなビルです)が目印としてわかりやすいので、そこからスタートします。
ダウンタウン

このゴールドマンの本店は僕がニューヨークに住んでいた時代は受付が無愛想なむくつけきオジサンでした。恐ろしい体臭でいつも「うっ」と呼吸を止めないと気絶しそうになった記憶があります。

サウス・ウイリアム・ストリート(S William St.)を東に入って暫く歩くと「ウォール・ストリート・イン」というプチ・ホテルがあります。ここは昔、「リーマン・アネックス」と呼ばれるオフィスで1950年代のリーマン・ブラザーズの別館があったところです。よくみると外壁にネオ・ゴシック様式の装飾がなされており、たいへん上品なビルです。
リーマンアネックス

さらに歩くとビーバー・ストリートとサウス・ウイリアム・ストリートが交差するところへ出ます。その角に入口がある「Intesa」という看板の出ているビルが昔のイタリア商業銀行(1 William St.)のビルです。ここは長くリーマン・ブラザーズの本店で、伝説のボビー・リーマンが采配を振るった場所です。ネオ・ルネッサンス様式のこのビルはリーマン・ブラザーズが入居する前は「アメリカのロスチャイルド」というあだ名を取ったJWセリグマン商会の本社でした。
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この向かいのビル(67 Beaver St.)は憧れのヘッジファンド・マネージャー、マイケル・スタインハートが1968年に創業したスタインハート・ファイン&バーコウィッツのオフィスがあった場所です。

再びもと来た方へ振り返るとレストラン「デルモニコス」(56 Beaver Street)が目に入ります。「デルモニコス」は1837年に創業された老舗レストランですが経営は何度も変わっています。僕がニューヨークに住んでいた当時のこのレストランの評判はあまり芳しくありませんでした。
Delmonicos_NYC

でも土地柄、顧客とのブレックファスト・ミーティングに多用されたこともあり、よくここで食事しました。

なおデルモニコスは今でもたぶん往時のニューヨークの雰囲気を保っている筈ですから、古いウォール街の雰囲気に浸りたい人はここで食事するという手もあります。

このレストランの上は雑居ビルになっているのですが、むかしはここにジム・クレーマーのヘッジファンド、「クレーマー&カンパニー」が入居していました。入口はビーバー・ストリートの側にあり、真鍮のドア・ブザーが並んでいます。

当時ジムは雑誌『ニューヨーク』にウィークリーの寄稿を始めたばかりで、最初にジム・クレーマーが運用業界のことについて書き始めた時は、読者は主に金融関係者でした。最近のジムは『MAD MONEY』というテレビ番組でギャアギャアわめきたてているのできちがい扱いされていますが、当時はとても端正な文章で、しかもウォール街の内情を鋭くえぐる、極めて優れた文章家でした。およそウォール街の関係者は全員、クレーマーの記事を毎週、心待ちにしていたと言って良いでしょう。

僕も『ニューヨーク』の発売日(確か金曜日だと思いました)には誰よりも早くクレーマーの記事を読むために、ニューヨークでいちばん早く新聞や雑誌が店頭に並ぶグランド・セントラル駅北のメットライフ・ビル(昔はパンナム・ビルと呼ばれていました)のグランド・セントラルからのエスカレーターを上がったところにあるニュース・スタンドに馳せたものです。

ジムのスタイルは極めてアグレッシブです。当時の彼の仕事場の雰囲気を記録にとどめる貴重なビデオ(PBSという公共放送の「フロントライン」という番組が株式ブームの特番を組んだときのもの)がYoutubeにありましたので貼り付けておきます。冒頭のナレーションを含む2分間がジムです。(グレーのシャツ→当時はまだ黒い髪の毛がありました)

彼の事務所に営業に行くとき、あの剣幕でどなりつけられるのが怖くて、真鍮のドア・ブザーの前でなんどもためらったことが懐かしく思い出されます。