先頃人民銀行が「人民元の変動を容認する」と発言したため人民元預金が注目を集めています。

しかし「人民元は昔の円と同じで当然趨勢的に高くなるから、今からやっておけば間違いは無い」という発想は極めて短絡的だと思います。

ハッキリ言って近く人民元が大きく上昇する可能性は低いと言わざるを得ません。

その一方で「変動が容認された」後での人民元も引き続きドルと密接にリンクしていますから、円高ドル安になればあなたの人民元預金もどんどん目減りします。

思うに高度成長期を知っている古い世代の人々は1970年代初頭に円が一気に360円から308円になったようなドラスチックな動きをどうしても期待してしまうのでしょう。
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(出典:ウィキペディア)

しかし当時と現在では世界経済の置かれている環境が全く異なります。当時はアメリカも景気が良かったので日本が為替レートの調整を行っても即座に輸出が壊滅的打撃を受ける可能性は低かったです。
米国の実質GDP成長率(70年代)

(出典:セントルイスFRB)
しかし今はアメリカや欧州の景気見通しは不透明ですから(暫くの間は様子を見たい)と思慮深い政府高官なら当然考えるはずです。
中国が人民元を元高に誘導するとこれまでの成長神話を構成してきた枠組みはたちどころに崩れます。それは「今迄通りの輸出競争力を保てるか?」という単純な問題にとどまりません。

例えば人民元高になると固定資産投資は低迷すると思います。

日本の例で言うと変動相場制移行後、日本企業は価格を海外の顧客へ転嫁することが出来ませんでした。その結果、日本企業のマージンは圧縮されました。

これはその後も長く尾を引き、日本企業の低収益率体質が定着する一因になったのです。

収益率が低下すると企業の投資意欲は衰えます。これが人民元高になると固定資産投資が低迷すると考える理由です。

日本企業が変動相場制移行を呑んだひとつの理由は労働コスト面での圧倒的なアドバンテージが既に70年頃までには失われ始めており、「次の一手」を真剣に模索しなければいけない時期にさしかかっていたということもあります。

これに対して現在の中国はいまだに労働コスト面での優位をがっちり確保しておりビジネス・モデルを変更するインセンティブは低いのです。

さらに言えば「次の一手」に移行する準備という点では中国は当時の日本より遥かに遅れています。

これはどのようにして輸出市場が発達したか?という歴史の差によるところが大きいです。

中国が世界の輸出市場の舞台に躍り出た背景にはトーマス・フリードマンが『フラット化する世界』で描いて見せたような国際水平分業が当たり前という時代背景があります。

中国は国際水平分業に積極的に組み込まれることでテクノロジー・トランスファー(技術移転)の恩恵に労せずして浴したのです。

中国は雇用機会を創出するため海外企業による直接投資(FDI)を奨励しました。これもテクノロジー・トランスファーを加速させる要因でした。

これは日本が厳格に海外直接投資資金の流入を制限し、「日の丸技術(home grown technologies)」の育成に心を砕いたのとは対照的です。

日本はその代わり海外の技術のライセンス導入には積極的でした。これは知的所有権を尊重する風土が早くから根付く原因となりました。

また日本は文化面での差を乗り越えて独自のブランドの育成ならびに海外展開にも力を入れました。日本の経営者が世界の消費市場で尊敬されるブランドを育てるまでの苦労話には事欠きません。

これとは対照的に中国の場合、「海外からの請負仕事と設備は向こうからやって来るもの」という先入観があり、「ノウハウは盗むもの」という風潮があります。さらに中国の企業はアメリカや欧州など一番消費者の目が肥えた市場でローカルの企業と競争しつつブランドを構築するという努力をした経験は皆無に近いです。

つまり中国企業にはヴァリュー・チェインを遡り、独力で市場を開拓する準備も無ければインセンティブも無いのです。

それは同時に「付加価値を高めることで円高を克服する」という日本企業がお得意としたサバイバル術を中国企業は真似できないことを意味するのです。いや、有り体に言えばこの面では今の中国には若し人民元高になったとき、どうする?という産業政策のロードマップは存在しないように見受けられます。