1990年代のシリコンバレーについて思い出すままに書いてみる気になりました。

僕がいまごろになって昔起こった事を辿ってみる気になったのは今度IPOされるSkypeの仮売出し目論見書(S-1)を読んで(いまこそ昔を語るべきだ)と感じたからに他なりません。

つまりSkypeの株式公開は当時のブームに似た旋風を巻き起こす可能性があると思うのです。

1990年代のIPOブームは良い事も沢山もたらしましたが、それに負けないくらい悪い面もありました。その功罪を振り返ることで、これからの行動の指針になるようなヒントが得られればと願うわけです。

3DOLOGO

当時、僕は未だニューヨークの投資銀行に勤めていました。

証券会社というところは朝はものすごく忙しいのですが、昼過ぎには暇になります。アメリカの会社は数字さえちゃんと上げていれば誰がどこで油を売っていようがうるさく詮索されるようなことはありません。

会社の中で僕が好きな場所はメール・ルーム(郵便室)です。午後になるといろいろな郵便物が会社に届きます。言うならば社内郵便局みたいなところです。

毎日、新しい会社の売出し目論見書が段ボール一杯に詰め込まれて届きます。それらは仕訳された後、社内のライブラリー(図書館)に収蔵されるわけですが、僕の毎日の楽しみはフィナンシャル・プリンター(金融関係書類印刷会社)から届いたばかりの、まだインクのにおいがする売出し目論見書を抜き取って眺めることでした。1993年のある日もそうやって僕は3DOのプロスぺクタスを手にしたのです。

3DOの売出し目論見書は一瞥しただけで普通の会社とは違うことだけはハッキリわかりました。なにしろ売上高のところがゼロ(→もしくは限りなく0に近かった)なのです。累損は3000万ドルくらいあったと思います。そして「当分、黒字になる見通しは無い」というリスク・ディスクロージャーが書かれてありました。

四半期毎に1500万ドルの経費を消耗している会社の株が3億ドル近い時価評価で売り出されるわけです。

もちろんゲーム・オタクの人なら3DOはお馴染みの企業で、それなりにこの会社の価値というものに定見を持っていたことと思いますが、ビデオゲームをやらない僕としてはこの会社のビジネス・モデルが一体どうなっているのか皆目見当すらつきません。

そのままメール・ルームの床にへたり込んだ僕は食い入るように目論見書を読みました。でも読めば読むほど(何だい、この会社?ぜんぜんわからないぞ)という焦りというか胸騒ぎを感じ、まあちょっとしたパニックに陥ったのです。

結局、このディールが幾らで初値をつけたのかは覚えていません。ビジネスとしては3DOはたいした成果も無く、最後は半ば「休眠状態」みたいになってしまったのだと思います。でも今から思えばこれが「コンセプト・ストック(概念だけで売られるIPO)」のはしりだったわけです。
(つづく)