ネットスケープのIPOの当初の初値設定は$14でした。それが値決め時には$28になり売出し株数も当初の350万株から500万株に増やされました。上場初日の引け値は$58 1/4です。その後、同社株は$87まで上昇します。

第一次バイオテクノロジー・ブームを除いては、新規公開株がこんなに華々しいデビューを飾ることはめったにありません。

ネットスケープのIPOは一夜にして新しい時代が到来したことを告げたのです。

今から振り返ってみるとネットスケープは3DO同様、問題を抱えた企業でした。なるほどネットスケープのブラウザーは当時80%の市場占有率を誇っていましたが、ブラウザーだけからでは十分な売上を上げることができず、ネットスケープはとって付けたかのように企業向けソフトウエアなどいろいろな分野に多角化して行ったのです。

マイクロソフトはネットスケープの息の根を止める事を至上課題としていましたから無料でインターネット・エクスプローラーをどんどんばら撒きました。


ただそういう事は今だからこそ言えることで、当時はネットスケープはインターネット企業の中でもいちばん毛並みの良い企業だと広く認められており、例えばアマゾン・ドットコムとどちらが良い企業か?と問われれば10人のうち10人がネットスケープの方が優れた会社だと答えたと思います。

つまり熱狂の真ん中ではどの会社が永続する会社で、どの会社がダメかということをいいあてるのは至難の業なのです。

企業の長期見通しを予測することがいかに困難かを示すもうひとつの例として因みに当時のアップルはどうだったか?ということですが、アップルは瀕死に近い状態でCEOがマイケル・スピンドラーからナショナル・セミコンダクターのギル・アメリオに交代しました。

アメリオがニューヨークでアナリスト向けにCEO就任のアナウンスメントをした後でカリフォルニアに向かう飛行機がたまたま僕がカリフォルニアに面接に行くときの便と同じで僕の前の席にアメリオはじめアップルの幹部がドカドカと乗り込んできて何だか慌ただしく、かつ悲愴な空気が流れていたのを思い出します。

アップルが大きな首切りを発表したのはその直後だったと思います。
(つづく)