フランク・クウァトローンを最初に見たのは確かAeAクラッシックのカンファレンスだったと思います。AeAとはAmerican Electronics Associationの略でアメリカの電機、ハイテク関連企業の協会です。今ではこの協会はテックアメリカという組織に代わっています。

AeAクラッシックはもう40年も続いている伝統ある投資カンファレンスでその特徴としてはホテルの客室のベッドを取り払って、ミーティング・ルームを100以上も設け、そこに参加IT企業の経営者が朝から晩まで頑張り続け、投資家向けのプレゼンテーションや質疑応答をするというイベントです。投資家は思い思いの部屋を自由に訪れ、納得いくまで膝を詰めて経営陣と少人数のグループでディスカッションするわけです。


現在、AeAクラッシックはサンディエゴをカンファレンス会場としていますが、以前はシリコンバレーから2時間ほど南に下ったモンタレーという町で開催されていました。モンタレーはぺブルビーチで有名なカーメルの隣町です。

フランクは所謂、メキシカン・スタイルの髭を生やした男なので一目でわかります。いろいろな会社の社長サンの間を泳ぐようにしてあいさつを交わしながら、金魚のフンのように入れ替わり立ち替わりまとわりつく部下にテキパキ指示をだしている様子です。

(なるほど、こいつが噂に聞くクウァトローンか)

僕はフランクの貴公子然とした振る舞いになんだかおおきく納得してしまいました。幹事を獲得するためにはどんな事でもやる男で、以前、どこかの企業にアプローチをかける際にその会社のロビーにサーカスの象を引っ張ってきて「俺はこんな大きなことも出来る」というのをアピールしたという逸話というか都市伝説を残した男でもあります。

そのフランクは元々モルガン・スタンレーに勤めていたのですが、ちょうどドイチェ・モルガン・グレンフェル(DMG)に高給で転職したばかりでした。スタンフォード大学のすぐ裏にあるサンドヒル・ロードにオフィスを構え、自分の組織はDMGテクノロジー・グループと呼び、親会社のドイツ銀行とはぜんぜん違う報酬体系や人事体系で独自の世界を創っていました。

このようにスター・プレーヤーのわがままを許す投資銀行は過去にも例があります。それはジャンクボンドの王様、マイケル・ミルケンがビバリーヒルズに独自の部隊を組織した例です。

DMGテクノロジー・グループはアグレッシブに西海岸のブティック投資銀行の顧客層に割り込んできました。その最初のディールがアマゾン・ドットコムです。

アマゾン・ドットコムはヤフーなどと違い、巨大な配送センターなどへの先行投資が必要です。その関係で初めは大きな赤字が出ました。しかしアマゾン・ドットコムは初値設定$13に対して$18で値決めしました。その後株価は$29まで上がっています。

アマゾンのケースが特別なのは同社はその後相次いで社債や転換社債を出した点です。利益が全然出ていない上、バランスシートがきたないという理由で多くの機関投資家はアマゾン・ドットコムを敬遠しました。

アマゾン・ドットコムのIPOは或る意味でドットコム産業が童貞を失ったディールだという風にも評価できます。つまりアマゾン以前はネット企業の経営者本人たちがなんだかキツネにつままれたような、半分信じられないといった気持で株式を公開していたわけです。引き受ける投資銀行の側でも(いつかこの熱狂が醒めたら、また昔のチマチマしたディールを追いかける時代に戻ろう)と考えていたと思います。つまり「田舎者」としてのシリコンバレー、技術オタクの或る種のユートピアとしてのシリコンバレー、そういう昔ながらの価値観をまだ幾ばくか引き摺っていたのです。

ところがDMGテクノロジー・グループのクウァトローンのチームはマキャベリ的な冷徹なビジネス・ロジックをシリコンバレーのファイナンスに持ち込みました。またアマゾンのCEOのジェフ・ベーゾスも「一銭もテーブルに残さない」という姿勢で最大限の調達可能資金を根こそぎ市場から刈り取りました。

このディール以降、ドットコム企業のイノセンスは失われたのです。