ロボット

日本では殆ど注目されていませんが、いまアメリカでは「ロボ・サイナー問題」というのが頭の痛い問題として認識されつつあります。

ロボ・サイナーとは中身をちゃんと吟味せず、ロボットのように単純動作の繰り返しにより書類の山を次々にサインしてゆくことを指します。

今回、特に問題になっているのはマイホームのオーナーが住宅ローンが払えなくなり、住んでいる家を銀行が差し押さえするとき、銀行の担当者が「この物件の所有権はまちがいなくわが銀行にある」という宣誓書(affidavit)に無造作にサインする行為です。

「アンタ、これ本当にアンタの銀行の所有だって、証明できるの?」


そう異議を唱えたのは不動産名義保険会社(タイトル・インシュアランス・カンパニー)です。

タイトル・インシュアランスというのは不動産の登記がしっかりしている日本では想像しにくい機能かもしれません。

アメリカでは昔から不動産登記のシステムがいい加減だったので、不動産の買い手が物件を売ってくれる相手のことをよく調べもせずうっかり不動産を購入して、後で「あの物件は実は売り手の所有ではなかった」ということがわかるという事件が頻発したのです。

すると買い手は泣き寝入りです。

だからタイトル・インシュアランス・カンパニーという商売が生まれたのです。

タイトル・インシュアランス・カンパニーは売り手が間違いなくその物件の所有者であるということを保証(インシュアー)し、若し、そうでなかったときの損失を引き受けます。つまり不動産登記にまつわる詐称にかける保険です。

タイトル・インシュアランス・カンパニーは誰から誰へと所有権が変わってゆく物件の歴史をしっかり追跡、記録しています。言わば「私設不動産登記所」みたいなイメージです。

さて、今回、JPモルガンやバンク・オブ・アメリカなど大手の銀行が次々と「当分の間、物件の差し押さえを中止する」と発表しました。

その背景にはタイトル・インシュアランス・カンパニーが叛乱を起こしたということがあります。

「JPモルガンさん、アンタの宣誓書はデタラメじゃないの?所有権がハッキリしない以上、ウチはこの物件がアンタの所有であるということを保証したくない」

タイトル・インシュアランス・カンパニーはそんな風に登記保証の提供を拒否したのです。

(なんだ、アメリカの銀行って、いい加減だな)

これを読んだ皆さんはそう思うかも知れません。

実際、アメリカ人にはいい加減なところがあります。

でも問題はもっと深いし、構造的なのです。

アメリカで庶民がマイホームを購入するとき住宅ローンを銀行から借ります。銀行は殆どの場合、そのローン(それはつまりお金を貸した代わり、毎月、金利を取る権利に他ならないわけですが)を第三者に転売します。

そのようにして転売されたローンをひとまとめにして(証券化)さらに取引するということが行われてきました。

するともともとお金を貸した銀行が、いまではその物件の真の所有者ではなく、金利を受け取る権利、物件を差し押さえる権利は転売の過程で何回も所有者を変え、証券化の過程で輪切りにされ、「バラバラ殺人事件」みたいになってしまっているケースが殆どなのです。

JPモルガンやバンク・オブ・アメリカの担当者が差し押さえを実行するにあたり「もちろん、この物件はオレのものだよ」という宣誓書にサインしたのに対し、タイトル・インシュアランス・カンパニーは「アンタ、この権利はバラバラにされて、転々と転売されてきたのに、これが本当にアンタのものだと、本当に調べたの?」と言っているわけです。

実際、よく調べたらそうではなかったというケースが出て、銀行はボコボコに非難されています。

でもこれを調べ始めたらいままで輪切りにされ、転売された証券化商品の歴史をぜんぶ遡らないといけないわけで、「ヒト・ゲノムの解読作業」みたいな膨大な作業が待っているわけです。

中間選挙を控えて有権者の歓心を買う「ネタ」に飢えている議員さんたちは「それっ!」とばかりこの問題に飛びついています。また「銀行叩き」が出来るからです。

銀行としてもタイトル・インシュアランス・カンパニーにソッポを向かれたら差し押さえ作業は出来ません。

最近のアメリカの不動産取引の少なからぬ部分は銀行の差し押さえ競売でした。それらの物件の買い手はハゲタカ・ファンドです。

だからそういう財テク型の不動産取引は今後パタッと止まるでしょう。

それは米国の不動産市場のアク抜けが一層遅くなることを意味します。

ベン・バーナンキ議長がQE2(追加量的緩和政策)を繰り出すのを急いでいる一因はここにあります。

株ですか?

基本、上を見ています。なぜならそういう事情で不動産市場は逝く寸前ですから、バーナンキFEDはジャブジャブにせざるを得ませんから。