もちろん「株式を長期で持つ」ことのメリットはあります。

メリットその一は(特にアメリカの場合、歴史的にそうなのですが)キャピタル・ゲイン課税の税率が下がるという点です。

但し最近は日本もアメリカも景気テコ入れのためにキャピタル・ゲイン課税の税率は歴史的水準より低くしてありますので、そういう視点からすればこのメリットは少し減ったと考えるべきでしょう。

次にマーケット・タイミングにまつわるメリットです。

株価は浜辺に打ち寄せる波の如く、寄せては引きというのを繰り返します。つまりどんなに良い銘柄を選んでも短期ではその投資が必ず成功するとは限らないのです。

たまたまタイミングの悪い瞬間を掴んでしまったら、、、

長期投資はそういう1日とか1カ月の範囲内くらいでのマーケット・タイミングの下手さを補正してくれる効果があります。

しかしそれでも2000年の米国のハイテク株の天井を掴んだり、1989年に日本株に出動したりなど、マズい判断をした場合は10年抱いていても元の水準に株価は戻らなかったのは皆さんもよくご承知の事だと思います。

つまり「おれはこの先10年この株を持ち続けるつもりなのだから、これは投資だ」と決めつけるのは傲慢な態度であり、そんなの投資でも何でもないのです。

それがグラハムとドットが定義するための「投資」になるためにはintrinsic valueとmargin of safetyの両面で合格していることが最低限必要になるのです。

次に「投資」は社会のために貢献し、「投機」は貢献しないという俗説がなぜ間違っているかを説明します。

例えばグーグル、シスコ、アップルなどネットの世界は誰がどう反論しようが、これはもう米国の独壇場です。

ネットに関するインテレクチュアル・プロパティー(知的所有権)やインフラストラクチャが米国主導で築き上げられたという点はアメリカ企業の競争優位を保証するために大いに貢献したと言えるでしょう。

(ちょっと脱線になりますがネットの特徴として1.税金が取りにくい、2.雇用の創出には余り寄与しない、3.貿易統計には捕捉されにくい、などがあるため、統計上はインターネット産業はアメリカという国の富には余り貢献していないような印象を与えます。でもその認識が誤りであることは、たとえば上記の企業のキャッシュフローを見れば一目瞭然です。つまり日頃どのデータ・セットをモニターしているかによって競争力に対する投資家の印象はとても変わってくるのです。)

さて、その圧倒的な優位性を誇るアメリカのネット関連産業ですが、これが「投資」によってはぐくまれたものなのか、「投機」によってはぐくまれたものなのか?という問題を考えてみてください。

答えは明快です。それは100%、「投機」によってはぐぐまれたのです。

昔、僕が居ても立ってもいられなくなり、一家をあげて西海岸に引っ越しする気になった話を書いたことがありますが、その理由はネットスケープのIPOが見事なほどにグラハムとドットが推奨する堅実な投資とかけ離れた、むき出しの投機だったからに他なりません

いや、別の言い方をすればバランスシートやP&Lでは捕捉できない、「何か」がそこにあったという風に言うことも出来るでしょう。

もちろん、当時続々とねつ造されたドットコム企業の大半はクズでした。でもインターネットという基礎インフラそのものがクズだとか、価値の無い虚業だと思っている人は(よほどのパソコン音痴の老人をのぞいて)居ないと思うのです。

「でもトレーディングは悪い」

そういう声が聞こえてきそうです。

そこでこれに対する反証も書いておきます。


わかりやすい例で19世紀の米国中西部の農家をいま考えてください。

この農家はとうもろこしを栽培していますが、秋に収穫したとうもろこしを荷車に載せて一番近い都会、シカゴに売りに行きます。

でも秋の収穫シーズンは他の農家も同様に収穫期にあたるので市場はとうもろこしで溢れています。

そのためとうもろこしの値段はふんだんに供給のある秋口は安いという現象が起きてしまいます。

逆に雪に閉ざされる冬や道路がぬかるみ、荷車が通れない春先は穀物の供給が極端に不足し、価格が高騰します。

(値段の高いときに自分が作っている穀物を売れれば良いのになぁ)

農家ならだれでもそう思うわけです。

商品先物取引はそうやって始まったのです。

でも折角、半年先に届けられる商品の値段について、今、折り合う(=これは先渡し契約forward contractと言われます)ことが出来ても、若しいざ商品を引き取る、ないしは納める段になって値段が当初折り合った水準とぜんぜん違っていれば、先渡し契約の当事者の一方はその約束をちゃんと履行するインセンティブは無くなってしまうわけです。

つまり「雲隠れ」するのです。

だいいちどうなるかわからない将来の穀物の価格について、半年も前から、たった一回の価格交渉でキメウチすること自体、土台無理があるのです。

そこでシカゴの取引所では収穫期の10月だけではなく、9月限、8月限など、いろいろなシリーズの標準化された「先物」銘柄を上場し、自由に売り買いできるようにしました。

これなら気に入らなければ取引所で反対売買し、ポジションを手仕舞うことで約束を解消できるのです。

いま農家や養鶏業者などの生産者や大口需要家は現業に携わる人々です。しかし農家のニーズは「10月にうちの畑でとうもろこしが取れたら、それを処分したい」という極めて単純なニーズであり、これはすべての農家に共通する悩みです。

一方、養鶏業者は「一年を通じて安定的にとうもろこしの供給を受けたい」と思うでしょう。

つまり売り手と買い手のニーズは余りにもかけ離れており、お互いに譲歩がなければいつまでも値段が折り合わないのです。

そこに現業に携わっていないトレーダーが現れたとします。

いま養鶏業者が意地を張って農家の言い値で買わないのを見たトレーダーは「それじゃ僕がもう少し良い値段で買ってあげよう!」と提案します。

すると農家は頑固な養鶏業者よりこのトレーダーにじぶんの収穫を売りたいと思うわけです。

一方、このトレーダーは養鶏業者に「とうもろこしを仕入れたから、農家の言い値より少し安いところであなたに売りたい」と言ったとします。

すると養鶏業者は「あんたは話がわかる。それじゃあんたから買おう!」ということになるのです。

このようにトレーダー(投機家)の存在は市場に流動性を提供し、みんなが折り合える値段を模索し(price finding mechanism)、結果として農家や養鶏業者が現業をおこなう際のリスクを軽減する効果を生むのです。

若し投機家(トレーダー)が存在しなければ、農家はリスクを全て自分で冒さねばならないので、当然、商品の売値にもそのリスク分のプレミアムを載せて価格を提示します。すると回り回って最終的には消費者がそのコストを払う羽目になるのです。

だから投機家が世の中から居なくなると、消費者が損をします

これでも投機は社会の役に立っていないと思いますか?