ブログとFacebookは競合します。

従って日本でFacebookがもし流行ったなら、それはブログにとって不都合な展開と言えるでしょう。

まずなぜFacebookとブログが競合するのかについて説明します。

ブログを綴る思いはひとによってさまざまだと思います。

広く社会に向けて何か発信したいと考えている人もいるだろうし、自分の仲間内でつながりたいというのが目的だという人もいます。


「これがブログの正しい使い方だ!」というルールがあるわけではないのです。

ブログがこのようにとても幅広い使い方をされているということは、逆に言えば目的が規定されていない分、使いにくい点も沢山あるということです。

Facebookは自分の私的な事を身内や安心して交流できる相手とだけシェアするメディアです。だからもともとのブログ・ユーザーのうち、「自分の仲間内でつながりたい」という目的でブログを始めた人にとってはFacebookの方が遥かに安心して自分のきもちを綴ることができ、結果としてコミュニティの絆も強くなるし、Facebookを通じて出来あがるひととのつながりのバリューも高価値のものとなります。

一方、Twitterはあくまでも外に向けて発信するものであり、メディアとしては「拡散的」です。だからパワー・ブロガーの多くはかなり初期の段階からTwitterの利用可能性については気付いていました。でもFacebookとなると「?」という感じの人が多いのはそのためです。

これを図で示すと下のようになります。
tw2

Facebookが家族や親族や同窓生や友達など、自分のサークルの内輪でのコミュニケーションのツールである以上、そのコミュニケーションを深めるのに役立つツールは全てFacebookと相性がいいです。その一例はSkypeです。

Facebookを観ているときに家族からSkypeのコールが来ても、それを怪訝に思う必要はありません。

またビデオや写真をシェアしたりすることもこの延長線でごく自然な成り行きと言えるのです。

こうやって考えるとFacebookは内輪の仲間のコミュニケーションのためのpiping(配管)だと考えることが出来るのです。

もともと自分の仲間内でつながりたいという目的でブログをはじめた人は或る日、自分のブログが「過疎になっている」ことに気付くし、Facebookの更新の方が忙しくてブログの更新はご無沙汰になるわけです。

さて、なぜFacebookでの個人データの二次利用がいまアメリカがこれほどまでに問題になっているか?といえばアメリカ人はいまFacebookに自分のプライベートなコミュニケーションを全面的に依存しはじめているからです。

その「配管」に漏れがあっては困る。

だからチョー神経質になっているわけ。