G20財務相・中央銀行総裁会談の成果についていろいろな評価があります。
ダイヤモンドZAiオンラインの井口さんにTwitterで指摘されたのですが、気がつけば僕の見方はどうやら市場関係者の中でひとりだけ楽観的な立場になってしまっているようです。

でも僕は今回のG20財務相・中央銀行総裁会談の成果の受け止め方については「この解釈のままで良い」と感じています。

なぜそう感じるかといえばネゴシエーションの進捗はステップを追って計測可能だということを教え込まれたからです。

普通、欧米では交渉のスキルを訓練する際に一種のテンプレート(ひな型)を使って議論を整理します。

【最低価値の決定】
交渉者が最初にやらなければいけないことは、そもそも交渉のテーブルにつくことが得策なのか?ということを自問することです。

(こんな取り決めをするくらいなら、交渉を決裂させた方がマシだ)

そういう認識がサイアクのシナリオ(最低価値)を決定するのです。
これは英語ではNo-agreement alternativesと言われます。

しばしば(なんなら決裂させちゃおうか)という開き直りが交渉担当者を失敗の呪縛から解き放ち、実りのある交渉を可能にします。

今回のG20にこれをあてはめれば交渉を決裂させ、通貨戦争を続けるという選択肢が最低価値となります。これは別のところでも書いたとおり、イタチゴッコになり、関税などの非市場的な措置による報復合戦になるので好ましくないと今のところは各国が認識していると思われます。

【選択肢の操作Manipulating alternatives】
次に起こるのは交渉するときに何を駆け引きの材料にするか?の決定です。相手が知らず知らずのうちに選択肢を操作することでどちらに転んでも自分に有利な選択肢ばかりを提示するという戦法がしばしば採られます。



今回のG20では経常収支数値目標というものがとつぜん持ちだされ、これを巡って議論が交わされました。

本来であれば「米国は金融をユルユルにし過ぎている!」という事を糾弾する場であったはずのG20で選択肢の「すり替わり」がおきたというわけです。

【投錨Anchoring】
何を議論するか?という選択肢が決められたら、次に行われるのは交渉当事者のエクスペクテーション(期待)の操作です。

今回のG20では「経常黒字や経常赤字はGDPの4%以内に収めよう!」ということをアメリカが突然、言い出しました。

そういう風に言われると(じゃあ7%ではいけないのか?)とか交渉の相手方はしらずしらずのうちに「4%」という任意に提示された数字を基準に物事を考え始めます。

アメリカが「4%だよ」と言った場合、印象としてはあたかもそこから競り(オークション)がはじまるようなイメージがあり、交渉担当者のエクスペクテーションがアンカー(投錨)されてしまいます。これは交渉の常套手段です。

【価値の争奪Claiming Value】
次に交渉は「4%はきついから、5%ではどうだろうか?」という数字の詰めに入ってゆきます。お互いに「ここは譲れない」と自分の陣地を主張するわけです。

この段階のことを「価値の争奪」と言います。

今回のG20ではここまで到達したところで議論がストップしました。「実際の目標を決めるのは大統領や首相などトップにやらせよう」というわけです。

一見、最終的な判断はトップに委ねられているので、やっぱり11月11日からはじまるサミットがいちばん影響力を持っていると一般の人は感じるでしょうが、実は上に見てきたようにここへ到達する過程で選択肢や期待の投錨はマニピュレーションされているので世界の首脳は全く白紙の状態で自由に彼らの影響力を行使しているわけではないのです。

【価値の創造Creating Value】
こう書いてくるとネゴシエーションは必ず誰かが勝ち、誰かが負けるゼロサム・ゲームのように見えます。しかし実際には合意された一連の条件やその合意への至り方は交渉当事者にとって違った価値を持ちます。

それはなぜかといえば交渉当事者はそれぞれ違った立場、背景を持ち、交渉に臨んでいるからです。

例えば或る国にとっては失業率を下げる事が政治的にとても重要かも知れません。別の国にとってはその国の威信というかプレステージを維持することの方が重要かも知れません。

今回のG20では国際通貨基金(IMF)への分担金で欧州などを減らし、新興国の分担を増やすと同時に発言権も増やしました。そうしておいて「経常収支数値目標はIMFを中心にディスカッションしよう!」と水を向けられたのです。

IMFのコントロールは日本やアメリカのような先進国にとっては別に気にも留めないどうでもいい事柄ですが、新興国の多くにしてみれば恨みつらみが募っているイシューであるとともにプレステージに関係してくる問題です。

このようにそれぞれの交渉当事者が最もバリューを感じるポイントというのは必ずしも一致していないのです。それを探り当てることにより、相手がいちばん重要だと感じている点に関しては譲歩する代わりに自分がいちばん痛いところは相手に突いて欲しくないと念を押すことで結果的に交渉当事者が皆、かなり満足のゆく合意に達することは出来るのです。これは言い換えるならばWin-winシチュエーションを創るということです。

日本人はネゴシエーションを「腹芸の世界だ」くらいに考えていますが、欧米では交渉事は理詰めでグイグイ押し込まれてきます。

僕も外国で仕事してきて自分の至らなさを痛感するとともに、学校などでそういう事をきちんと教わらなかったハンデをひしひしと感じました。

もしこの手の議論をもうすこし勉強してみたいという人は、たとえばこういう本が参考になると思います。

「The Manager as Negotiator」 David Lax and James Sebenius