今日はなぜソーシャル・ネットワーク(SNS)が巨大な投資テーマであり、それと同時にそのフロンティアはほぼ完全に征服され尽くされつつあるかについて書きます。

そこで僕の考える4つのルールを示します:

【ルールその1】
人間は社会的(ソーシャル)な生き物だ

【ルールその2】
食べる、寝る、お金を儲ける、子供を作るなどベーシックな生存の欲求を充足してしまえば大半の人々にとって次に重要なことは社会的アクティビティである

【ルールその3】
社会的アクティビティとは人から愛されたり、存在を認められたり、尊敬されたり、影響力を行使したりすることである

【ルールその4】
別に或る社会やグループにぜったい属しなければ生きてゆけないわけではない。だが普通、そのグループや社会により深く関与するほどその組織から得るもの(満足、権力)も大きい。

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たとえば「リア充」という表現があります。「リアルの生活は充実している」ということを指しているのだと思いますが、その場合、充実しているとは「今日はカノジョとデートを楽しんだ」とかクラブ活動に打ち込んでいるとか、そのような意味だと思います。


リアルの世界での充実ぶりを議論しているということは、当然、それに対比されるバーチャルな世界もあるわけで、それがネットでのコミュニティということになるのだと思います。

つまり「リア充」でない人もネットで自分が「リア充」でないことをこぼす相手が居るという意味ではソーシャルなアクティビティを行っているわけです。

仙人のような人は別として、このように大部分の人にとっては家族や同窓会や同僚や仲間は自分の存在を確認し、外の世界とのつながりを維持するうえで欠かせない存在なのです。

別の言い方をすれば人間は属する(belong)ということを必要とする生き物なのです。

これは株式投資という観点からすると潜在市場がドデカイことを意味します。


前置きが長くなりましたが僕がFacebookやTwitterなどの、いわゆるソーシャル・ネットワーク(SNS)を非常に大きな投資テーマだと考える第一の理由は、それが人間のベーシックな欲求に即したサービスだからです。

これまではわれわれのつながり方は同郷人だとか同窓生だなど、地縁、血縁、会社などのフィジカルな境界によって規定される部分が少なからずありました。

しかしソーシャル・ネットワークではそういう背景の違いは比較的問題になりません。

するとその土地のしきたりなど普通のソーシャルなシチュエーションでどうしても出てこざるを得ないプロトコルはバーチャルな世界では比較的重要でなくなるわけです。

むしろつながるという機能性(functionality)を追求するためにはコミュニケーション方式は共通であり、簡便でなくてはなりません。

「いいね!」機能とか「シェア」機能のようにどんどんFacebook内の利便性が向上されているのはそういう標準化(standardization)の力が強く働き始めているからではないでしょうか?

ネットワークは使う人が増えれば増えるほどその価値を増すということが知られています。しかもそのネットワークの利用方法は共通しているほど参加者を増やしやすいと思います。

これはソーシャル・ネットワークが放置しておけば寡占的な存在に膨れ上がる危険性を秘めていることを示唆しています。

つまりマイクロソフトの「ウインドウズ」がビジネス社会のスタンダードになったようにFacebookが我々の社交生活のOSになってしまうリスクを秘めているわけです。

このような世界では最初にスケール・メリットを達成した企業が有利です。

FacebookやTwitterが収益後回しでサブスクライバー獲得に全力を挙げているのは、だから正しい戦略だし、別の言い方をすれば今からソーシャルのベンチャーを立ち上げようなんて考えている人はビジネス・センスが無いと思うのです。

既にソーシャルのフロンティアはほぼ征服されつつあります。

ひとたびその「仕組み」が出来てしまえば、あとは何年、何十年にもわたって「刈り取り」が可能かも知れません。