前のエントリーでは就活・婚活の見地から(すくなくともエリート学生やお嬢さん学校に通っている子女に限って言えば)Facebookが必須になることを書きました。

こういう書き方をすると、やれ「エリート」だとか「お嬢さん」だとかそういう権威主義的、選民主義的な言葉が並んでいるので(いやな性格だな)と反感を持つ読者も多いでしょう。

でもSNS(ソーシャル・ネットワーク)を理解する基本はここなのです

動物の世界の話に戻って説明します。

動物にとって生きるということは絶え間ないセレクション(selection=選別)のプロセス(過程)に他なりません。

強い個体がボスとして選ばれ、ボスはどのメスとでも寝れる反面、弱い個体は伴侶をゲットできないのです。


このようにして、より環境に適応性の高い種を保存するというメカニズムが、つまりダーウィンの進化論などのベースになっているのです。

すると企業は優秀な学生、先見の明がある学生、わが社を次のレベルに導いてくれるような、次世代のリーダーを積極的に採用しないといけないのです。

グーグルやFacebookの採用プロセスはその意味で極めてエリート的です。

これに対して日本企業の場合、「ウチの社風に染め上げることができるだろうか?」ということを最も気にかけます。つまりおとなしい社畜に調教できるような学生を採る傾向があるわけです。

これは製造業が産業の基幹であった、戦後の高度成長のような時代には適した企業戦略だったのかも知れないけど、今日のように製造業はごっそり中国などに持って行かれ、あとは何とかアイデアを出して柔軟な思考から企業の生きる道を模索しなければいけない、「ロードマップなき時代」には全く不適当な採用戦略です。

だから社畜候補ばかり採っている企業は強い企業ではありません。その企業はDNAの中になにか弱いものがある。そういう企業はいずれ淘汰されます。

ついでに言えば匿名のコミュニティというのは、僕は余り評価しません。

なぜ評価しないか?というと株式市場的にそれで商売が成り立っている実例は少ないからです。

広告主にとっても広告を出稿する「場」として理想のプレミアム空間ではないのです。

匿名は気軽に参加できるので本音が出るし、その意味で面白いです。だから僕も「2チャンネル」などの、ごつごつした触感の世界には捨てがたい魅力があると思っています。これはマンハッタンの地域で喩えればイースト・ヴィレッジみたいなノリです。

でも広告主がイースト・ヴィレッジのビルボードに広告を出したいか?というと、そういう場所に自社のブランドを出すのをためらう企業の方が多いでしょう。

「2ちゃんねる」の広告がアダルト中心なのは、そのためです。

匿名のコミュニティは居心地が良いです。

なぜなら気兼ねしなくてよいからです。ベニスの仮面舞踏会のようにみんなが仮面をかぶっているわけだから、普段の自分なら出せないような勇気もだせます。はめをはずすことだってできるのです。

映画『ライオン・キング』の中で群れから仲間はずれになったスカーというライオンが世間から嫌われている者同士でコミュニティを作っている場面が出てきます。ハイエナの巣窟です。仲間はずれにされたもの、弱い者同士で意気投合し、利害が一致しているわけです。

僕の考えでは企業というものは表向きは素直な社畜になり切るようなフリをしながら、実はハイエナの巣窟に出入りしているようなオモテウラのある学生を「こいつなら御しやすいし、ウチのコーポレート・カラーに染まりやすいだろう」という理由から採用すべきではないと思います。

ミクシィというのは匿名からスタートしたコミュニティなので、建物の基礎の部分から土台が曲がってしまっているわけです。

土台が曲がった上に建てた建造物はどんなに直そうと思っても直せません。つまりもうプレミアム空間になるチャンスは失われているのです。

アメリカの例で言い直せば、Myspaceの悲劇とは、つまりそういうことだったのです。