いま米国では勢いのあるネットベンチャーほど「行かず後家」状態になっています。

「行かず後家」の意味は日本語俗語辞典によると:

行かず後家とは、適齢期を過ぎても嫁に行かない女性を嘲う言葉

と定義されています。
さらに解説として:

後家とは夫に死なれ、再婚をせずに独身でいる女性のことである。つまり行かず後家とは何歳になっても後家さんのように嫁に行かない女性のことで、そういった女性を嘲う言葉である。行かずだけでも適齢期を過ぎても嫁に行かない女性を意味するが、後家をつけることで更に嫌みが込められている


と説明されています。

さて、こんにちのシリコンバレーでは年頃なのにぜんぜん婚活に興味を示さない優良企業が、それこそゾロゾロあります。ここでいう婚活とは株式公開の意味です。

Facebook やTwitterがその最たる例ですけど、他にも書ききれないくらい沢山のネットベンチャーが株式公開をできるだけ後回しにしようとしています。

それらの企業の経営者にとってなぜ株式公開のプライオリティーが下がったのでしょうか?

それは株式を公開すると経営権のコントロールを少し譲らないといけないとか、四半期決算を気にしながら会社を切り盛りしなければいけなくなるとか、まあいろんな理由が挙げられています。

でも最近のネットベンチャーが株式公開を至上の経営課題としない理由は、外部資本を導入しなくても、会社はウハウハで回るということがひとつあるように思うのです。

つまりさしあたってビジネスをエンジン全開で拡張しようとしている局面で、ボトルネックになっているのは軍資金ではないということです。

これは1990年代半ばのインターネット産業の置かれた状況とは似ても似つかぬ状況です。

当時はないないづくしでした。

先ずネットへの接続はもっぱら電話回線でダイヤルアップでした。ADSLなどのブロードバンドが普及しなてかったのです。

次にデータ・センターが不足していました。

だいいち、データ・センターと言っても投資家の方でそれが何をやっているところなのか想像できない人が大半でした。

僕の勤めていた投資銀行は最初の上場データ・センターであるエクソダス・コミュニケーションズという会社の幹事でしたが、エクソダスを薦めても、「なにそれ?!“#$%」という感じで、株価は梃子でも動かなかったのです。

(やっぱりデータ・センターというのは箱モノだから、、、投資家にはウケないのかな?)と諦めかけていたある日、サンフランシスコで「ぐらっ」とデカイ地震がありました。多くの場所でネットの接続が切れたのです。

僕は慌ててエクソダスに電話を入れました。するとエクソダスのデータ・センターは正常に稼働していることがわかったのです。

「エクソダスのデータ・センターは生きてるぞ!」

この情報が伝わった途端、同社株は猛然とラリーしはじめたのです。

なぜこんなエピソードをクダクダ書くかというと、当時はデータ・センターひとつ作るにしても先ず資金調達しなければいけなかったし、この手のリスキーな事業を興す場合は銀行からの借り入れでは駄目なのです。やっぱり株式でなくてはいけない。

苦労といえば今をときめくエフファイブ(FFIV)のIPOも苦労しました。同社はロード・バランサーと呼ばれる、データ・センター内のサーバの負荷を均すネットワーク機器を作っている会社です。でも当初はネットが遅いのは主にダイヤルアップの回線が遅いのがイライラの原因であって、ロード・バランサーの必要性は殆ど認識されなかったのです。

アマゾンのIPOも「ウォール街の強欲さがよく現れている醜いディールだ」とコケコケにされました。先行投資のための資金をまずかき集めて、それを成功する保証のない事業にブチ込むのは下品だと考えられていたからです。

このように何もないところから一斉にインターネットの産業を立ち上げなければいけなかったのです。

だからものすごいリスクを伴いました。

さて、翻って今の状態を考えてみましょう。

ネットによる起業はリスキーなのでしょうか?

僕に言わせれば:

「御冗談を」

ということです。こんなのリスキーでも何でもありません。今は全てが揃っているし、ネット起業にはぜんぜんお金はかかりません。

新しいアイデアがあれば明日にでも会社を始めればいいんです。別に事業資金なんて沢山ある必要はありません。

サーバのキャパシティはクラウドでオンデマンドの従量契約を結べばそれでOK。

だから元手が要るほうが、やっていることがおかしいのです。


シリコンバレーの著名VCにセコイアというファンドがありますが、そこのドン・バレンタインは「ベンチャー企業というのは自社でやるよりアウトソースした方が安くて良い場合は、全てのサービスや組み立てをアウトソースすべきだ」と強く主張しています。

さらに「ベンチャー企業にはバランスシートは必要ない。P&Lだけでいい。だからCFOは必要ない。セコイアがベンチャーに対していろいろな人材のアドバイスをする際、CFOはいちばん後回しだ」と言っています。極端な話、『Quicken』さえあればそれで経費の管理は出来るわけで、難解なストックオプション会計などを先ず理解しないと起業ができないというのはドン・バレンタインに言わせればウソなわけです。

だから先ずなんでもいいから試してみて、上手くいかなければ軌道修正すれば良いのです。

Twitterのエヴァン・ウイリアムズは本業が上手く成功しなかったときに「予備のアイデア」だったTwitterをダメモトで試してみれば?というノリで試して成功しました。彼がTwitterをはじめる前に手掛けた、Bloggerというサービスも実は同様の「予備のアイデア」だったのです。Bloggerは後にグーグルに買収されました。

同じようなサービスの軌道修正は初期のFacebookでも何度か試みられています。

つまり最初から或るアイデアが軌道修正することなくバッチリ当たることなど少ないわけで、或るサービスが急速に普及するまでには幾多の微調整が必要なのです。

公開企業ではそのような軌道修正や微調整をやりにくいです。

だから最近のベンチャーが株式公開を遅らせる理由のひとつは、そのような企業戦略の自由度ということが深く関係していると思うのです。

ここまでの話をまとめると:

1. 企業に必要となる初期コストはどんどん下がっている
2. ネット環境、アウトソース先、顧客(ネット人口=市場)など環境は整っている
3. カネのちからで「当たる」サービスは買えない→軌道修正や微調整が不可欠

ということになります。

これらの要因を眺めると「先立つお金」の重要性がすごく下がったことがわかります。これはベンチャー・キャピタルを取り巻く環境が激変していることを意味するのです。つまりもうベンチャーの持つ潤沢な資金は誰も必要としていないわけです。

すると有望な企業にガツンと出資して、その会社をなるべく早くテキパキと体裁を整えてサッサと株式公開し、投資資金をリサイクルする、、、そういうベンチャー・キャピタルのビジネス・モデルそのものが陳腐化しているわけです。

だから最近はセコイアやクライナー・パーキンスのような著名VCが今をときめくFacebookやTwitterなどのセクシーな投資先にぜんぜん喰い込めていないわけです。

Facebookのザッカーバーグがパジャマ姿でセコイアのオフィスに現れた時、「自分達は恐竜化している」ということに気付かなかったセコイアの連中は時代から取り残されているのです。

それではFacebookやGrouponやZyngaのファンディングを誰が面倒みているかと言えば、それはMail.RU(=昔のDST)です。

ユリ・ミルナーはなぜそれらの垂涎の的である投資対象を総なめにしているのでしょうか?

それは彼が(Facebookら若い世代の経営者は「行かず後家」のように株式を公開したがらない)ということを最初に気付いたVCだからです。だから経営にいろいろ口出しするとか、「早く株式を公開した方がいいよ」とか、そういうナンセンスな注文を一切つけなかったわけです。

「でもそれだといつまでたってもVCはキャッシュアウトできないじゃない?」

そうです。キャッシュアウトできません。だからこそ逆転の発想でVCそのものをIPOしてしまうことでVC出資者のリクイディティー(出資資本の出し入れの自由)を確保したわけです。Mail.RUのIPOにはそういう意味合いが隠されているのです。

さて、それではFacebookやTwitterは「永遠の青春」を謳歌するということなのでしょうか?

こればっかりは僕にもよくわかりません。

でもいつまでもIPOを引き延ばすことは出来ない気がします。

それを考えるひとつのイベントが先日ありました。

先日、英国のウイリアム王子がようやくケイト・ミドルトンと婚約しました。ずいぶん長い交際だったようですが、ようやく決まったようです。

このニュースが出た時、欧米の適齢期の女性陣からは落胆の声が聞かれました。「あのカッコいい王子が、とうとう売約済みになっちゃった」ということです。

しかし婚約を遅らせたので、美青年だったウイリアム王子の後頭部がたいへんなことになっているというツッコミもネット上ではありました。

ウイリアム王子の後頭部の薄さをみて僕などTwitterやFacebookの行く末について思わず考えてしまいました。投資銀行に勤めていた時代にすっかり染みついた、せっかちさが抜けてないからなのかも知れません。