Grouponの「残念なおせち料理」事件について少し言葉を足しておきたいことがあります。

まず僕はGrouponのビジネス・モデルそのものを否定しようという気はありません。

着想自体は新しいし、良いと思います。

ただ運営者のこころがまえひとつで長期的に定着する有効なマーケティング方式となるか、それとも時代のあだ花に終わるかが決まる気がするのです。

Grouponがアメリカで最初に出てきたときには地元商店街の美容院やレストランなどのオーナーの切実なニーズに応えるありがたい存在だったと思います。

その切実なニーズとはつまりこういうことです。

およそ自分で美容院やレストランを開業しようと考える事業主でお客さんの喜ぶ顔を見たいという熱い想いを抱かない人はいないでしょう。(もちろん、一部にはカネ目当て最優先の人も居るとは思うけど、、、)

問題は折角開業してもお客さんに自分のお店の存在を知ってもらえない、だからお客が来ない、お客が居ないわけだから、そもそも腕の振るいようがない、、、そういう悪循環に陥りやすいと言う点です。

Grouponが事業主にバカ受けした理由は「ウチのお店の味やサービスがどんなに良いかもっと多くの人に知って欲しい。そのためにはタダ働きも厭わない」という事業主に対してワンチャンスを与えてくれる稀有な存在だったからです。

(このチャンスをモノにして満足してくれた顧客のクチコミが広まってくれたら、、、)

そう思うからこそ事業主は採算度外視でGrouponで勝負をかけるわけです。


Grouponのファンは来店時にそういう美容院やデイスパのオーナーの熱い想いをびんびんに感じるからこそ「あのお店、良かった!」という感想をTweetするわけです。

それがポジティブ・フィードバック(好循環)となって万年ディスカウントに依存しなくても一定のファン層を築くことが出来るわけです。

つまり「あのお店、良かった!」というハピネス(顧客の満足)こそがGrouponという新手のサービスを駆動する強力な「燃料」にならなければいけないのです。

僕が「堕落している」と言ったのはたまたまビジネス・モデル的にキャッシュフローが生みやすいという理由で、ガンガンTV広告を打ったりして、次第にGrouponのビジネスがそれまでの「ハピネスの追求」から「売上高の容赦ない追求」へと早くも変質しはじめている点です。

Grouponはもともとローカル(地元)広告という切り口でスタートしました。しかし「残念なおせち料理」事件の出荷量はローカルでこなせるボリュームを逸脱しています。

またGrouponはソーシャル(SNS)広告でもなくなってきています。ソーシャルというのは僕流に定義すればTwitterやFacebookで自然に盛り上がるクチコミによる販売促進だと思うけど、結局、「ハピネスの追求」がおろそかになっているものだから「迷惑メール」の絨毯攻撃とあまり変わらない存在に成下がっているわけです。

今ならGrouponのルーツに帰ることは可能です。

ローカル広告、ソーシャル広告のポイントは顧客のGoodwillの積み重ねだという点に早く気付いて欲しいものです。