回教徒にとって聖地はサウジアラビアのメッカですが、聖地がサウジアラビアにあるから国際政治の盟主がサウジか?というと、それはそうではないと思います。

アラブの人たちにとってはサウジではなくエジプトこそが「兄貴分」の存在なのです。

だからその兄貴に何か起きたら、それが中東に与えるショック・ウェーブは大きいです。

説明します。

エジプトは古代文明の歴史もさることながら人口の面でも圧倒的に多いです。だから文化や思想の面でもクリアーなリーダーシップを執っています。

中近東で優秀な学生は大体、エジプトの大学に留学します。

またエジプトは民族主義が湧きおこり、それが欧米の影響力を転覆させるまでに至った、数少ない国のひとつです。

その運動を起こしたリーダーはナセルです。
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(出典:ウィキペディア)

ナセルは1956年にスエズ運河の国有化を宣言し、イギリスとフランスを運河の運営から追い出します。

ナセルの後を継いだサダトはそれまで軍事アドバイザーをつとめていたソ連の提供する軍備がポンコツなのが気に入らず、ソ連製の戦車や軍用機を全部処分してアメリカ製に鞍替えします。
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(出典:ウィキペディア)

サダトはヨムキプル戦争でシナイ半島のイスラエルの防衛線を突破してイスラエルに迫りました。
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(出典:ウィキペディア)

この戦いは結局イスラエルがエジプト軍を押し返したのですがイスラエルは軍備を一新したエジプト軍の実力を大いに恐れました。

サダトはこの軍事力を背景にイスラエルを訪問し、ベギン大統領と和平協定を結びます。

この和平協定はイスラエル国内でも、アラブの人たちの間でもたいへん不評で、サダトはこの和平協定を結んだ事を恨まれ刺客によって暗殺されます。

しかしサダトとベギンのビジョンが米国のジミー・カーター大統領を交えたキャンプ・デービッド合意に至る重要な構成要素だったわけで、サダトとベギンはそれぞれノーベル賞を受賞しています。

アメリカがエジプトに10億ドルを超える援助をし、軍備などの面で緊密な協力関係を維持してきたのはエジプトがこのように「話のわかる、オトナだから」です。

周辺アラブ諸国はこのような経緯からエジプトを兄貴分として仰ぎ見るに至ったのです。

しかし最近はイデオロギーの面でも文化面でもエジプトは新しいものが出せなくなっており、またリーダーシップという点でもムバラクはナセルやサダトのような豪胆さに欠けていたと思います。

今日のホワイトハウスのブリーフィングでギブス報道官は「アメリカはムバラク政権がインターネットを遮断したことをとても遺憾に思っており、かれらはこれだけはやっては駄目だとアメリカが懇願したことをしゃあしゃあとやってのけた。だからアメリカとしてはエジプト軍への支援は見直す」と発言しています。

エジプト軍はアメリカの軍事顧問と仲が良く、今回の騒乱が発生したためエジプト軍の司令官は2日前にワシントンDC入りしていました。

だからアメリカとしてはムバラク政権を支持するか、それともエジプト軍を中心に新しい政権を模索するか、当然、天秤にかけていると思います。