アメリカの新聞の凄いところはビッグニュースが出て虚を突かれても、2~3日経てばちゃんとインべスティゲーティブ・リポーティング(足で稼ぐ取材により事実関係をディープに洗い出し、まるでその場に居合わせたかのような手に汗握る記事にすること)が出てくるという点です。

今日のウォールストリート・ジャーナルにも「Cairo, U.S. Blindsided By Revolt」と題された「濃い」記事が載りました。これを書いているのはチャールズ・レビンソン、マーガレット・コッカー、ジェイ・ソロモンの各記者です。(たぶんこの記事はペイウォールの向こう側、つまり有料購買読者のみだと思うので、リンクはつけません。)

金曜日に反政府デモが一層激しさを増し、それがしだいに暴徒化する様相をみせはじめた際のムバラク大統領の動きを説明するくだりを引用します。

午後4時頃になると反政府デモ隊が治安当局に勝利している状況がだんだん明白となってきた。ムバラクはハビブ・アル・アドリー内務大臣に「実弾をつかいたまえ」と命令を下した。アル・アドリー内務大臣はその命令をアハメド・ラムゼイ将軍に伝えた。しかしラムゼイはそれを拒否した。

「アドリー内務大臣は将軍たちがどのような命令に従い、どのような命令を出せば拒絶するかの読みが甘かった」と関係者の一人は語った。

ムバラク大統領はアドリー内務大臣がぐずぐずしているのを見ると「軍隊を市内に入れろ!」と指示した。これにはアドリー内務大臣もカッと来た。アドリー内務大臣は「警察隊を全部市街から引け!」と指示した。これで交通整理のおまわりさんから刑務所の門番まで、全ての警察官の姿がエジプトから消えてしまった。


「警察を引き揚げたのはまずかった。この局面で、あの手は無いよね。」関係者のひとりはそう語った。

一方、突然市内への進軍の命令を受けた陸軍は慌てた。

「だれも命令が来るとは思っていなかった。だから進軍するのに4時間もかかってしまったんだ。」

その「空白の4時間」の間にカイロ市内の混乱は一層ひどくなった。

(中略)

金曜日の夜、ムバラク大統領はオマール・スレイマン元諜報局長を副大統領に任命すると発表した。

「ムバラクはあの時点で弱音が出たのさ」

カイロの西側外交筋はそう語った。

(後略)