エジプト情勢が市況に与える影響を論じる際、真っ先に言われるのは「エジプトからは石油が出ないので、大丈夫」という事です。

でも正確に言えばエジプトからは石油は出ます。また天然ガスはもっと出るのです。

実際、天然ガスの確認埋蔵量の増加速度は世界で最も速いペースです。

もちろん、エジプトにおける石油や天然ガスの生産が今日止まったからと言って、それが世界の需給関係に与える影響は大きくありません。

しかし将来の天然ガスの発見という点で同国に期待がかけられているのは業界人なら誰でも知っていることです。

BPスタティスティカル・レビューによると2009年のエジプトの原油確認埋蔵量は440万バレルです。これは世界の原油確認埋蔵量の0.3%です。

一方、2009年の天然ガスの確認埋蔵量は2.19TCMで、世界の1.2%です。しかも確認埋蔵量の増加率で言えば世界で最も急速に増加している国のひとつです。

エジプトで最も活発に石油・天然ガスの探索・生産を行っている企業はアメリカのアパッチ(APA)です。

アパッチは公認会計士事務所を経営していたレイモンド・プランクという人がはじめた独立系の石油会社で、彼は一代で同社を売上規模121億ドルの企業にまで育て上げた立志伝中の人です。

レイモンド・プランクは第二次世界大戦の時は爆撃機のパイロットとして従軍していましたが、戦争が終わってミネアポリスに帰ると友人たちと公認会計士事務所を始めます。

その税務アドバイスの一環としてリミテッド・パートナーシップを利用したワイルドキャット(野良猫的に石油を探索して回ること)のベンチャーを会計事務所の顧客にタックス・シェルターとして推奨しているうちに、「そんなに有利な投資なら、自分でやればいいじゃないか!」と言われて、「よし、それならやってやる」と言って始めたビジネスがアパッチなのです。


アメリカ政府は第二次世界大戦にかかりっきりになっていたので米国内の新規の油田開発は後回しになっていたし、戦後復興のために民間のお金でどんどん石油を掘り出す必要に駆られていたのです。そこで石油のリミテッド・パートナーシップの税金に関しては最大限の特典を与え、投資を奨励しました。

会計屋のレイモンドはリミテッド・パートナーシップを組成すると裕福層の門戸を叩いて回り出資を促しました。当時の最高税率は70%だったので裕福層はこれに飛びつきました。

同社は1990年代から海外進出を押し進め、エジプトへの進出もその一環として行われました。

現在、同社のグローバル・ポートフォリオの中でエジプトの占める割合は22%で最大です。また石油と天然ガスの比率はちょうど半々です。

同社は55年の歴史の中で着実に確認埋蔵量、生産量の両方を伸ばしてきました。
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(出典:アパッチ)
とりわけ去年BPがメキシコ湾で原油流出事故を起こした時、補償金を支払う必要から資産の一部を処分しましたが、それらの資産の買い手に回ったのがアパッチだったのです。同社はこれによりカナダや米国内の油田を手に入れましたが、BPの持つ、エジプトの西サハラ砂漠の油田もその際、手に入れました。

下はアパッチの鉱区(黄色)と今回買収したBPの鉱区(赤)の所在を示した地図です。
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(出典:アパッチ)

現在、同社はエジプトで年間30本程度のワイルドキャット探索を行っており、石油・天然ガスを掘り当てる成功率は56%です。

下は同社のエジプトでの石油(緑)ならびに天然ガス(赤)の生産量を示しています。
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(出典:アパッチ)

同社はアメリカの独立系石油会社としては最も急速に一株当たりキャッシュフローを伸ばした会社です。過去10年だけでも一株当たりの簿価(ブックバリュー)は12ドルから65へ増えています。

このように同社はきわめて堅実に経営されているのですが、今回のエジプトの反政府デモではちょうどBPから資産を買い受けて事業拡張した矢先にこの騒動に遭遇してしまいました。

石油会社の社員は少々政情不安だろうが過酷な自然環境だろうがそんな事は意に介さず、どこへでも出てゆきます。(僕も昔はイラン・イラク戦争でエグゾセ・ミサイルが飛び交う下を仕事したものです。)

今回のエジプトの騒乱ではアパッチは社員を引かなかったのですが、昨日ついに米国国務省から退去勧告が出たので、どうしても必要な人員以外は国外退去を決めました。これを受けて同社株は今日、下がっています。

現地で起こっていることを冷静な観点から知りたいのなら、彼らのような百戦錬磨のオイルマンに訊いた方が確実です。その意味で2月17日に予定されている同社の決算カンファレンス・コールは聞く価値があると思います。