【技術を買う局面から社会現象を買う局面へ】
技術革新(イノベーション)が起こるとそれは先ず技術者の間に広がります。

次に金融市場はその可能性に気付き、「夢の先喰い」というカタチで一気に株価に織り込みます。その結果、バブルを招来し、それは必然的に弾けます。

しかし一般社会が広くそのイノベーションを受け入れるのは上に書いたようなドタバタの後、つまりバブル崩壊による不況期である場合が多いです。

このようなアダプテーション・サイクルはベッセマー法の発明の際や自動車の普及などでも繰り返されてきました。

そしてひとたびあまねくその新技術が大衆に普及すると次に起こるのは社会がひっくり返る様な(social upheaval)パラダイム・シフトです。

インターネットはいま正しくこの社会パラダイムの変化の時期に差し掛かっています。

そこでは新しいライフスタイル、新しい価値観、新しいビジネスが生まれます。


【『アメリカン・グラフィティ』を観て投資のヒントを得る】
これを説明するために映画『アメリカン・グラフィティ』を持ち出したいと思います。

この映画はジョージ・ルーカスが撮った映画ですが、1960年代のサンフランシスコ郊外を舞台として、当時の若者の生態を活写しています。(全く蛇足になりますがこの映画のロケ地であるサンラファエルとかペタルマは僕の地元です。)

さて、『アメリカン・グラフィティ』を観るとすぐに幾つかの点に気付きます。

まずクルマが生活の中心となっているということです。ほとんどのシーンがドライブインの駐車場で撮られています。

つまりダイナーで延々と時間を無駄にし、ラジオでロックンロールを聞き、あてもなくメインストリートをぐるぐる流すことが若者の通過儀礼(rite of passage)になっているのです。

するとクルマが無ければ仲間にも入れてもらえないという事が起こります。現代で言えばさしずめスマホがこれに相当します。

『アメリカン・グラフィティ』では全編にロックンロールのサウンドトラックが流れています。

このように映画の全編にサウンドトラックを流したのはジョージ・ルーカスが初めてです。

実際、ルーカスは特定の曲を使いたいという構想が先ず在り、それに合わせて映画のシーンを書いたと言われます。

この映画では有名なディスクジョッキー、ウルフマン・ジャックが登場します。

DJという「仮想現実」に日常の人とのつながりより深い絆を感じるという当時の若者の様子が上手く描けているように思います。

クルマやラジオのような小道具が人間同士の関わり方を変容させ、またこの映画に出てくるMel’s Drive-inのようなドライブインという新しいビジネスを生んでいます。

さらにそこに登場するウエイトレス達がローラースケートを履いて仕事をしているという風に、新しい風俗やスタイルを生み出しているのです。

そして性道徳や「大学に行く意味があるのか?」などの既存の権威や価値観の変化すらもたらすわけです。

ある新しい技術があまねく大衆に普及したとき、起業家が捉えなければいけないのはこうした変化であって、もう一度白紙に戻ってその技術を発明し直すことではありません。

言い換えればラジオではなくウルフマン・ジャックを、クルマではなくドライブインを目指す必要があるのです。