まだ第二次世界大戦が終焉する前、1943年頃から連合国の巨頭たちは戦後のヨーロッパがどうあるべきかについての話し合いを始めていました。
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写真は左からソ連のジョセフ・スターリン、米国のフランクリン・ルーズベルト、英国のウインストン・チャーチルです。ジョセフ・スターリンはヒトラーのロシア侵攻を喰いとめ、ドイツ軍を撃退したことから戦争が終わったあかつきにはポーランドなどの領土をソ連に入れることを主張しました。また英国と米国がDデイでノルマンディーから上陸し、ドイツを挟み撃ちにすることを約束しました。作戦は成功し、連合国は第二次世界大戦に勝つわけですが、このときのジョセフ・スターリンの東欧への領土的野心は後の冷戦へと発展し、次第に西側と東側、資本主義と社会主義というイデオロギーの戦いへと発展します。でもその前に第二次大戦直後のヨーロッパのみじめな状況をみてみましょう。
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この写真はドイツのドレスデンです。ドレスデンは連合国の空襲で町全体が廃墟と化しました。ドイツの都市部の住宅の50%は破壊され、鉄道の90%は不通になっていました。フランスでも180万件の住宅が破壊され、機関車の70%が破壊されました。乗用車の10台に9台は使用不能でした。全ての運河と鉄道と港湾施設は使えない状態でした。鉱工業生産はフランスでは戦前の40%、ドイツでは戦前の20%にまで落ち込んでいました。アメリカは最初、ドイツの産業を復興させるのはためらいました。またドイツが戦争をはじめるかもしれないと考えたからです。しかし1946年にはすでに米ソは冷戦と呼ばれる対立関係に入ってゆき、ソ連の脅威から疲弊しきったヨーロッパを守るためには強力な産業政策が不可欠だという考え方に変わります。

つまり欧州は共産主義の防波堤になる必要が出てきたのです。
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しかし経済復興を進めようにもヨーロッパにはブルドーザーもクレーンも製鉄所も無ければ、産業をはじめる資本もありません。そこで米国はマーシャル・プランという経済支援プログラムをはじめたのです。ソ連の計画経済対アメリカの資本主義という構図です。だからマーシャル・プランでアメリカから資金を貰う国には1.自由価格、2.自由貿易の振興、3.所有権の確立、4.投資の奨励などを固く約束させました。


それと同時に欧州石炭鉄鋼共同体、ECSCを設立し、石炭や鉄鋼の生産量の割り当てを決めることに各国は合意しました。これでドイツがどんどん鉄鋼を生産してもそれが軍事産業などへ向かわないようにモニターでき、ドイツが欧州で突出した鉄鋼の生産力を持っても、それを仲良くヨーロッパ全体の国々を市場として分かち合う約束ができたわけです。これが現在の欧州連合(EU)の前身です。つまり欧州連合のルーツは第二次世界大戦をはじめたドイツを許し、ヨーロッパ全体に市場を広げる事で戦争の危機を繰り返さないようにしようという点にあるのです。勢力拡大を狙うソ連を喰い止めようとする以上、欧州連合も常に拡大を目指し力の均衡を取る必要があります。別の言い方をすれば、EUはそのルーツからして拡大志向を運命付けられていたわけです。
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マーシャル・プランでは米国が4年間にわたり130億ドルを供与しました。これにより欧州は機械などの生産設備を米国から購入し、工場を修理することができました。そして今度は製品を作り、それを輸出することで外貨を獲得できるようになったのです。米国はマーシャル・プランを受け入れる国に対しては価格統制を廃止し、自由価格を守るとともに為替レートを固定し、均衡財政を敷くことを条件付けます。
なにも無い焼け野原のところへアメリカの資本、アメリカの生産設備、大量生産のノウハウなどがドッと入ってきたので、最初の頃の投資リターンは極めて高かったです。
それに加えて朝鮮動乱の勃発でドイツの鉄鋼産業は特需に沸きました。
ドイツの再軍備に対しては欧州周辺国は神経質になっていました。そこで西ヨーロッパの各国は北大西洋条約機構(NATO)を締結し、軍事力をNATO軍という形でプールすることを決めました。
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これで軍国主義化を恐れずに経済復興に専念できるようになったのです。