私が19歳のとき、フランクフルトのユダヤ人街にも変化の波が押し寄せてきた。

ある日、いつものようにテーブルで帳簿に向かっている父のところにマックスが飛び込んできた。

「ご主人様、大変です。フランス軍が大砲40門とともにフランクフルトに向かって来ています。」

父はにっこりと笑うとマックスにこう答えた。

「危機はチャンスじゃよ。」

父、メイヤー・アムシェルに長く仕えたマックスは、そういう父の返答を半ば予想していた。

「たしかに。しかし今度のフランス軍は以前の弱いフランス軍とは違います。新しい内国総司令官のナポレオンという男が軍隊を徹底的に作り変えておるのです。」

「ほほう。」

「ご主人様は去年フランスの王党派がパリの国民公会に押し寄せたとき、ナポレオンがこれをたちどころに鎮圧した話をご存じでしょう?ナポレオンはパリのど真ん中で平民に向かって大砲をぶっ放したのです。」

「その後、ナポレオンはイタリアに遠征し、ロディでオーストリア軍を蹴散らしました。敵の待ち構える対岸にむけて捨て身の渡橋攻撃をかけ、オーストリア軍はその気迫に押されて総崩れになったのだそうです。この戦勝を祝って各地のフランス軍は気勢を上げる意味で総攻撃に転じておるのです。いまフランクフルトに向かって来ているフランス軍もその流れです。」

その日の砲撃は私がいままでに経験したことのない恐ろしいものだった。

フランス軍は昼も夜も砲撃を加えた。フランクフルトの町では各地で火の手が上がり、それはユダヤ人街にも迫ってきた。

普通ユダヤ人街では夜になると重い鎖の網で三つのゲートが閉じられる。しかし火災はユダヤ人街の中にも燃え広がっており、火を消そうとする者、逃げまどう人々、家財道具を持ち出そうとする者、はぐれた家族を探し求める者などで大混乱に陥った。

端から端まで歩いてもたかだか300メートルくらいのゲットーに200軒の家と4000人の住人が住んでいる。ひとつの家に20人が暮らすことも珍しくなかった。しかも密集した家々はすべて材木で作られていたので大火になると次々に延焼していった。兎に角、ユダヤ人街に残っていると丸焼けになってしまう。その夜はとうとうユダヤ人街のゲートは解放されたままになった。

夜が明けて見るとユダヤ人街の建物の半分が焼けていた。幸い私の家は難を逃れた。しかし2000人近いユダヤ人が家を失った。

数日後、フランクフルトの議会はユダヤ人の居住規定を当分の間緩和することを決めた。

父は火災の後片付けを我々兄妹に任せるとオーストリア陸軍省に出掛けて行った。

その日、陸軍省から帰った父は兄妹を集めてこう言った。

「今日陸軍省に行ってきた。仕事を貰ったぞ。陸軍に資金を用立てる仕事だ。それから穀物の買い付けとそれを各駐屯地に届ける仕事もだ。今日から手分けして皆で働いて欲しい。」

陸軍に戦費の貸付を行い、前線に作戦のための軍資金を送る仕事は普段の父の仕事の延長と言っても良かった。父には既に貨幣や貴重品を移送する飛脚網があったからだ。

「ネイサン、戦争は儲かるぞ。世の中が混乱し、皆が右往左往しているときに冷静さを失わない奴はこういうときにこそガツンと儲けるのだ。」


私は得意顔になっている父に向ってこう言った。

「父上、確かに戦争は儲かるかも知れません。でも今度という今度はわがロスチャイルド商会も危機一髪でした。家が燃えていたら大事な証書やコインを失っていたかも知れません。」

「ネイサン、お前は賢いな。実はわしもその事を考えておったところじゃ。財産を分散することで戦火が来ても全てを失わないようにする必要がありそうじゃな。」

「実は父上、私には考えがあります。イギリスに渡りたいのです。」

「うむ。お前がそう言いだすだろうと思っておったのじゃ。わしがイギリスから布地を買う時に使う保険会社のソロモン・ソロモンズ&ハーマンに紹介状を書いてもらう事にしよう。」

こうして私のイギリス行きは決まり、1年余りの準備の末に私はアルビヨンを目指して旅立った。私の懐中には父から授かった2万ポンドの資金が隠されていた。これは旅立ちの前に父が借りてきた金も含まれていたのでロスチャイルド商会の純資産の2倍に相当する金額だった。