ひとつ前の記事でアップルはユーザーの自己実現の小道具としての主張を持った製品を作ることを目指しており、その一方でアマゾンはデバイスを単なるストアフロントとして捉えているという事を論じました。

この記事はその続きです。

アップルとアマゾンの目指すところには大きな隔たりがあるのですが、結果としてもたらされる我々のライフスタイルの変化には共通点があります。

それは:

1.デジタル・メディアの消費がいままで以上にパーソナル(個人的)になる
2.デジタル・メディアの消費のされ方がフラグメント(細分)化される


という事です。

まず1.についてですが、iPadや「キンドル・ファイヤー」でストリーミング・ムービーを鑑賞するという場合、これは家族で楽しむというより、自分ひとりで楽しむケースが多いでしょう。

なぜならスクリーン・サイズが家族で楽しむには小さすぎるからです。

その代わり、ベッドに潜り込んでひとりで映画を楽しむという使い方が出来ます。

つまりデジタル・メディアの消費のされ方がいままで以上にパーソナル(個人的)になるわけです。言い換えれば映画鑑賞という消費行動が家族単位から個人単位になるわけです。

するとディズニー映画を観ながら家族で一緒に過ごすというbonding(=つながりかた)はタブレットPCという道具では実現しにくくなります。

また「ちょっと時間が空いたのでiPhoneで動画を観る」などのデジタル・メディアの消費のされ方も今後はどんどん増えると思います。

それはすなわちデジタル・メディアの消費のされ方がフラグメント化されることを意味します。

また自分の都合の良い時間に、観たい時にデジタル・メディアを消費するという事は、例えばスーパーボウルやオスカー賞などの大きなイベントの際のスポット広告を買うだけでは広告主はオーディエンスにリーチできないことを意味します。


つまり消費者が持ち歩くデバイスの数が増え(iPhoneとiPadなど)、スクリーンの数が増えれば増えるほど、広告の機会もフラグメント化するわけです。

また映画ひとつを例にとっても「Hulu」、「ネットフリックス」、「アマゾン・インスタント・ビデオ」のように色々なサイトがバラバラな課金システムで、しかもそれぞれ違うコンテンツの品揃えを提供しています。

「どこへゆけば、どのコンテンツを観ることができる」

という事を教えてくれるのは、家族ではなくソーシャル・メディアを通じた友人やアカの他人である事の方が今後は多くなります。

家族単位ではなく、SNSでどのコンテンツを観るべきかのサジェスチョンが来るということはデジタル・メディアの購買行動にも変化をもたらします。

つまりデジタル・メディアのソーシャル・バイング(=連れ立って買う事)が起こるわけです。

GetGlue.comはそのようなデジタル・メディアのソーシャル型消費のサイトの一例です。

こうなるともうヤフーなどのポータルに先ず行って、そこでエンターテイメントのタブをクリックして、どの映画を観ようかと思案する人はどんどん減ると思うのです。

それが証拠にインターネットの黎明期にはアメリカ・オンラインやヤフーなどのサイトがインターネット全体の広告収入の2割とか3割を牛耳っていましたが、今ではポータルの市場占有率はかなり落ちていると思います。

そしてグーグルに代表されるペイド・サーチが現在インターネット全体の広告収入の20から40%程度を占めていると思われますが、これも今後はシェア低下すると考えられます。

なぜならスマホやタブレットのようにデバイスがどんどんフラグメント化されると同時にFacebookやGetGlueのようにソーシャル・サイトのリンクから直接、デジタル・メディアを消費するという行動が増えるからです。

場合によってはソーシャル・メディアからのフィードバックが番組の打ち切りや延長を決めるというケースも出てくるし、「この登場人物は殺さないで!」などの視聴者からの要望を制作側が勘案せざるを得なくなるということも十分ありうるわけです。

ブラジルのベストセラー作家、パウロ・コエーリョ(Paulo Coelho)はインターネットを通じて読者が発言力を持ち、リアルタイムで作家と交流できるようになったことで読者が単なる受け身の立場から能動的に創作プロセスに参加するようになったと指摘しています。

つまり読者は創作活動という旅行の「同伴者」になったというわけです。

若し作家と読者の「つながり方」が道具(メディア)によって変化するならば、「例えば20秒で読める小説があってよい」とコエーリョは主張しています。

このようにメディアが創作プロセスを逆に規定するという事は昔からマーシャル・マクルーハンが指摘していたことで、今日にはじまった事ではありません。

ケータイ小説などはそういう新しい創作の在り方のひとつの例だと思います。

するとケータイ小説は携帯電話で書かれ、携帯電話で読まれるわけですから、携帯電話というデバイスそのものがネイティブな環境ということになり、それを紙の本にして出版するというのは順序が逆になるわけです。

ケータイ小説では書いた端からパブリッシュされ、リアルタイムでフィードバックがあり、そのフィードバックに基づいてまたストーリーが新展開を見せるという事が起きます。

このような読者参加型の創造過程をユニオン・スクエア・ベンチャーズのフレッド・ウィルソンはイン・サイチュ(in situ)創造活動と呼んでいます。