ギリシャが世界中の投資家から冷笑されながら、それでもユーロ圏にとどまろうとあがいています。

市場の論理からすればギリシャはユーロを離脱し、ドラクマに戻すことによってもう一度出直す方が良いという考えもあります。

その場合、ドラクマは暴落するのでギリシャのミドルクラス(中流)は国際比較では「ドカ貧」状態になります。これはちょうどアルゼンチンのペソ危機の後で同国の中産階級が壊滅したのと同じです。

でも国内に居る限り周りのみんなも一様に貧しくなるのでそれが痛みを和らげます。

にんげん不思議なもので自分だけが貧しくなると耐えられないけれど、まわりのみんなもビンボーになっている様子をみると溜飲が下がるのです。

但し輸入品の値段は跳ね上がるでしょう。だから輸入品インフレが起こります。それは舶来の贅沢品(たとえばベンツ)はもう買えないことを意味します。

その一方でドラクマが下がる事は海外から見るとギリシャ人全般の賃金コストが下がることを意味するので国際競争力は蘇生します。またギリシャでのバカンスもドラクマ安でバーゲン状態になるのでホテルも繁盛するでしょう。

つまり一度諦めて、全てをリセットすれば、ギリシャは将来良くなる可能性もあるのです。(実際、同様の事は通貨危機を経験した大半の国、具体的にはメキシコ、アルゼンチン、ロシアなどで観察されました)

しかし世論調査をするとギリシャ人の7割から8割程度の人々は「ユーロ圏にとどまりたい」と願っています。

僕はこのひとつの理由は歴史的な要因だと思っています。

つまりEUのメンバー国で通貨ユーロを使用しているということ自体に或る種のプレステージがあるわけです。とりわけお隣のトルコとの比較という文脈ではこの差は重要です。

これは国民感情の問題と言い直しても良いでしょう。

例えば日本人が韓国人に対して日頃感じている事と韓国人が日本人に対して日頃感じている事との間には自ずとズレがあるでしょうし、同様の事は「日本人と中国人」、さらに「日本人とロシア人」という組み合わせでも言えます。

つまり日本人だけに限らず、世界の人々は歴史的な経緯からさまざまな国民感情を他国人に対して抱くということなのです。

さて、ギリシャの場合、お隣のトルコとは警戒する関係にあります。これはちょうどどれだけ年月が経ってもフランス人がドイツ人を警戒するのと同じです。

ギリシャはオスマン帝国の時代にトルコに隷属しました。

その時のギリシャの屈辱はヘルダーリンの『ヒューペリオン』をみれば明らかです:

イオニアの空よ、わが言葉を聞け。
聞け、祖国の地よ。
お前は乞食女のように半裸になり、いにしえの栄華のぼろを身に纏っている。
われわれを育んだ太陽よ。
見よ、苦役の下にあっても我らの士気、衰えざるを。


『ヒューペリオン』は1799年に出版されましたが、この頃からギリシャのトルコ支配に対するレジスタンス運動が高まります。

1809年にはイギリスのロマン派詩人、バイロン卿がギリシャ独立運動に加担します。
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この独立運動に対してトルコはキオス島に艦隊を派遣し、2万人の島民を虐殺します。

その光景を描いたのがドラクロワの有名な作品、「シオの虐殺」(1824年)です。
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言葉を変えて言えば、ギリシャはこのような犠牲を払って東洋(つまりオスマン・トルコ)から西洋(つまりヨーロッパ)の一員に戻った経緯があるわけです。

さて、こんにちトルコはEUのメンバーではありません。

これほどユーロ問題がゴタゴタしており、共通通貨の問題点が論じられているにもかかわらず、トルコはEUへの参加を熱望しています。

トルコは2005年にEUへの参加の根回しを開始しました。

しかしフランスやキプロスからの反対などがあり、これはまだ実現していません。

こうした反対にもめげずトルコはEUの示す「安定と成長のためのガイドライン」に沿うカタチで着々と経済運営を進めています。

因みに同国の2011年上半期のGDP成長率は10%を超えています。

もちろんトルコのEU参加はまだずっと先の話でしょうけど、ライバルのトルコがEUへの参加を迫っているときにギリシャがEUから脱落したのではギリシャ人のプライドが許さないと思うのです。