アメリカ合衆国憲法で使用されている語数(words)は約7,200です。
これに対して欧州憲法は約7万6千と10倍以上の長さです。

アメリカ合衆国憲法は主に個人の権利の擁護や地方政府と連邦政府のバランスをどう取るかなど、建国の精神にまつわる基本的な原理原則を規定することに労力を費やしています。

これとは対照的に欧州憲法は国家間やEU官僚の支配権力の及ぶ範囲について延々と細かい規定があります。

さて、僕はここで欧州憲法(EU Constitution)という死語を使っていますが、本来はリスボン条約という表現を使用すべきです。

なぜなら欧州憲法は「存在しないことになっている」からです。

経緯を説明します。

もともと欧州憲法の起草者たちはこれをレファレンダム(国民投票)にかけるつもりで準備しました。

しかし実際に国民投票をはじめてみるとフランスとオランダの両国の国民はにべもなく欧州憲法を却下しました。

普通なら憲法の草案を手直しし、住民に受け入れられるようにしてからもう一度レファレンダムを行うのが筋です。

しかし後にジスカール・デスタンが回顧しているように「EUは弁護士たちを雇って欧州憲法を庶民が読んでも何が書いてあるかわからないように暗号化し、それでもオリジナルの欧州憲法の規定は全部残して」これをリスボン条約(Lisbon Treaty)という名前に改名して、今度はレファレンダム無しで各国がこれを批准してしまったのです。

ちょうどゾンビを蘇らせるように、一度は死んだ欧州憲法をまんまとリスボン条約という名称でこっそり復活させたEU官僚たちはさぞドヤ顔だったと思います。

なぜこんな話を持ち出すかと言えば、今週行われているEUサミットは、つまるところリスボン条約の改正をどう最小限の努力で誤魔化すか?というテクに関する討論に他ならないからです。


いまドイツはギリシャをはじめとする問題国を救済するにあたって財政拒否権を持ちたいと考えています。

問題はどうやってそれを実現するか?です。

本来であれば実質的な欧州憲法であるリスボン条約を改正し、それをEUメンバー27カ国全てに批准させることが最もすっきりしたやり方です。

しかしこの27カ国の中にはイギリスのように通貨ユーロは使用していないけど、一応、EUのメンバーであるという国も10カ国含まれています。

ドイツのメルケル首相が財政拒否権を持とうとすれば、それらの「蚊帳の外」の10カ国は強烈に反発するに決まっています。実際、イギリスのキャメロン首相は「イギリスの財政主権が脅かされるようなことは絶対許せない」と発言しています。

するとメルケル首相をはじめとしたユーロ中核国の関係者は如何に27カ国全部の議会承認を取り付けなくてもリスボン条約変更を実現するかというトリックを考え出す必要があります。

最近、「27カ国か、それとも17カ国か?」という議論が新聞上で賑やかなのはこのためです。

メルケル首相をはじめとした中核国の関係者はお手軽にリスボン条約改正ができる抜け道を探すのに血眼になっています。

先日紹介したシェンゲン協定というのはそのようなブレイン・ストーミングの過程で浮上したひとつの有力案なのです。

ウォールストリート・ジャーナルによるとファンロンパイEU大統領はもっとリスボン条約改正をスピードアップかつ簡素化するための「ウルトラC」の案を練っているそうです。

それは条約改正の「付録化」です。

つまり17カ国が「自ら財政規律に関してコミットする」という一文をリスボン条約に付録(annex)として添付することによりキャメロン首相のような外野をシャットアウトすることを狙っているわけです。

ただでさえウンザリするほど冗長なリスボン条約(皆さん、読まれた事あります?)がまたまた肥大化しそうです。(笑)