ウォールストリート・ジャーナルのマネー欄の記者、ジェイソン・ズワイグは個人投資家の投資戦略に関する記事を書かせたらいまアメリカでナンバーワンだと思います。

その彼が有名な経済学者、ジョン・メイナード・ケインズの投資スタイルの変遷に関する記事を書いています。

ケインズは第一次大戦とその後のドイツの賠償問題、1929年のニューヨーク株式市場の大暴落とその後の大恐慌、第二次世界大戦という世界の金融の混乱期を通じて経済学者という肩書に加えて英中銀のアドバイザー、数々の本の執筆、ケンブリッジ大学の基金の運用など多忙を極めていました。その合間にへそくりの個人資産を株式運用し、結構な資産家になった話は有名です。

ズワイグはケンブリッジ大学のデビッド・チェンバースとLSEのエルロイ・ディムソンという二人の研究者の論文を引用し、その投資スタイルを解明しています。

それによれば1924年から1932年にかけてケインズはマクロ(世界の経済、金利、為替レートなどを巨視的に俯瞰し、トレード判断すること)の投資スタイルでしたが、この期間はイギリスの株式市場の株価指数とほぼ同じ程度のパフォーマンス(年率平均7%程度)しかあげることはできませんでした。


しかし1933年から1946年にかけて中小型株のストックピッキング(個別銘柄一本釣り)に変更したところ、目の覚めるようなパフォーマンス(年率平均19%程度)を出したのだそうです。

銘柄選択に際しては割安放置されているセクターへの逆張り、つまりバリュー投資のスタイルを取りました。また分散投資を退け、5銘柄に集中投資しました。

例えば1936年の保有銘柄の66%は鉱業株だったそうです。世界で金本位制度からの離脱が相次ぐのを見て紙幣の価値が下がると考えたケインズは南アの金鉱株に集中投資しました。

ところで先日紹介した本、『Lords of Finance』にも随所にケインズの活躍に関する記述が出てきます。その意味ではケインズは同書の「5人目の主人公」と言っても過言ではありません。

その一節に1929年のニューヨーク株式市場の大暴落とケインズの株式投資に関する面白い解説があり、1928年に始まったFRBの金融引締めでケインズは損を蒙り、1929年の春までにはマージン・コールで運用資産の3分の2を失いました。

このため1929年9月以降の大暴落に際してはケインズのポートフォリオは100%キャッシュだったので難を免れたのだそうです。