香港で住民の大規模なデモ行進がありました。

デモ行進の参加者は香港が英国から中国へ返還された際に約束された一国二制度(=つまり香港人による香港の自治)の維持を要求しています。

この背景には3月25日の選挙で親中派の梁振英(りょうしんえい)氏が香港の次期行政長官に当選した事があります。この選挙の直前にライバル候補の唐英年(とうえいねん)氏にスキャンダルが出て、梁氏が逆転勝利しました。この成り行きになんとなく釈然としないものを感じる香港市民も多かったというわけです。

唐英年氏は香港の不動産業界の利害を代弁する存在だったので彼が負けて(形勢が悪いな)と思う間もなく、サンフンカイの共同会長が拘束されたわけです。

梁氏は香港の不動産取引制度の改革を以前から主張していました。

その背景には香港の土地入札制度が資本力のある入札者に有利なように出来ていることがあります。

GKリサーチのキャシー・ハルコムはウォールストリート・ジャーナルへの投書の中でこれは香港が英国領だった時代に採用された定期借地権(leasehold)と呼ばれる制度に起因すると指摘しています。そもそも英国が香港を中国から99年間「借り受けた」のだから、その借地の土地の権利自体を売買できないのは当たり前です。そこでリースホールド制度では不動産開発者が地主(政府)から土地を借り、建築費を負担して建物を顧客に賃貸するというやり方がとられました。

香港が英国領になってからは借地権は入札によって売却されました。当時、香港には裕福な商家は限られた数しかなかったため、英国は入札に参加出来る参加者の資格を高く設定し、落札者からガッポリ税金を取る仕組みを考えました。またこの制度では入札に参加する開発業者は前金で借地料を払う必要があるとともに賃貸で発生する将来の利益も実質的に落札時に前納する形態を取りました。



この仕組みだと首尾よく落札することが出来た業者は既に保有する賃貸物件からのキャッシュフローを利用し次回の入札の際、よりアグレッシブに応札することが出来ます。このメカニズムに関してはステファン・ブラウン(Stephen Brown)が「The Political economy of Land」という論文の中で解明しています。

梁振英氏は今回の選挙を戦うにあたってそうした「勝者の固定化」に異議を唱えたわけです。


さて、過去の香港における不動産価格コントロールの努力の成果はいかほどだったのでしょうか?

1997年に香港の行政長官に就任した董建華(とうけんか)は不動産の供給を増やす事で不動産価格の冷却化を試みました。
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このときの試みは一時的に不動産価格を下げることには成功しましたが、入札制度による勝ち組の固定化という旧習を打破することはできませんでした。

なお香港の大手不動産デベロッパーは本土でも優良な物件を中心に事業展開しています。
今回の事件がどのような影響を及ぼすか引き続き注目したいと思います。