欧州の通貨統合は結局、どこへ向かっているのでしょうか?

そのロードマップを確認しておくことが、最終的な目的地に着くまでの紆余曲折、ないしはドタバタを理解する上で役に立つと思います。

僕の考えではヨーロッパには大きく分けて次の二つの選択肢があると思います。

1.弱い国を追放して、小さくまとまる
2.弱い国、自分でちゃんと管理出来ない国を、大きな国が財政的に取り込むことで、大きくまとまる


このうち1.が良いか、2.が良いかは好みがハッキリ出やすい問題です。

僕の場合、個人的には落ちこぼれた国には出て行ってもらって、強い国だけでEUを続けた方がわかりやすいし、スッキリするし、追放された国が「アク抜け」し、比較的ヘルシーな体質になって、出直るのも早いのではないかと考えています。なぜなら、アルゼンチンやロシアのデフォルトの例を目の当たりに見てきたからです。

ただ上に書いた事は、あくまでも「ユーロの危機は財政危機の問題だ」と捉えた場合のみに有効なのです。実際にはユーロの問題は単なる財政危機の問題ではなく、バンキング・クライシス、つまり銀行システムそのものを脅かす「金融危機の問題」でもあります

それは言い換えれば、「リーマン型の危機」ということです。

リーマンの経営がおかしくなった時、(あんなユダヤ系の投資銀行のひとつくらい、潰したっていいだろう)という、安易な考えが米国の行政府の中に根強くありました。それは、そうしないとケジメがつかないと彼らが考えたからです。

たしかにリーマンは中堅の投資銀行で、規模的には(潰してもOKかな?)と思えてしまうスケールでした。

でも実際にはリーマンショックが起きた時、アメリカ経済は瞬間的に心臓発作を起こしました。「誰か、助けて! アメリカちゃんが息をしていない」というわけです。



ギリシャのGDPはEU全体の2%程度であり、その意味ではギリシャを放り出すことくらいなんでもありません。

しかし共通通貨ユーロが導入されて以降、最も速いペースで統合されたのは、実はヨーロッパのバンキング・サービスであり、これは一瞬のうちに超グローバルなビジネスに変身しました。

その過程で、いままでクレジットが廉価に手に入らなかった人々(たとえばギリシャやスペインの住民)にも、ヨーロッパの一流市民なりの有利な条件で、「お金を貸しますよ」という甘い誘いがやってきたわけです。

これはサブプライム・バブルが弾ける前に、ウチの猫のイザベルにも「ゼロダウン、ゼロインタレスト・ペイメント」つまり頭金なし、初年度利払いなしのサブプライム・ローンの勧誘が来たのと似た構図です。

繰り返して言えば、現在のユーロ問題は単なる「駄目な国がどうやって財政赤字を切り詰めるか」という問題を遥かに超えています。その証拠に、いまどんどん国債が売られているイタリアは基礎的財政収支は黒字なのです。これ以上、どう改善すれば良いのでしょうか?

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だから「弱いギリシャが自分で立ち直れないなら、追放すれば良い」という議論をしている人は、「リーマンは潰すべきだ」という議論をしているのと、大して変わらない議論をしていることになります。

問題は銀行監督の制度の整備や、預金保証制度の完備などの行政面での準備が整う前に、アシンメトリック(非対称的)にバンキング・サービスだけがグローバル化、肥大化、複雑化したことにあるのです

いまヨーロッパで議論されている、いわゆる「バンキング・ユニオン(銀行同盟)」とは、そのような取り組みを意味します。

しかし、仮にバンキング・ユニオンが達成されても、それでユーロ問題の解決にはならないと思います。それは監督する省庁を設置し、預金保証制度を整備しただけではサブプライム問題が解決しないのと同じ理屈です。

問題を解決するには、内容が既に劣化した、あるいは今後放置すればどんどん劣化が懸念される、銀行の資産の行方に注意を払い、手遅れになる前にケアしてあげることが必要になるわけです。

それは有り体に言えば、利下げということになります。

先日、ブンデスバンクが欧州中央銀行(ECB)に対して「いつ利下げしてくれても、ウチはOKですよ」というシグナルを送ったのは、そのためです。

だから今週末にギリシャやフランスの選挙をきっかけに金融市場に不安が走れば、そのタイミングでECBは必ず利下げしてくると思います。

欧州財政危機の問題は政治問題であって、経済問題ではありません

これは何度言ってもわからない人はわからないのですが、たとえば次のグラフなんか、どうでしょう?

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ユーロ圏は全体としてみれば債務比率は日本やアメリカより低いのです。

普通、債券は日本国債や米国財務省証券のようにデカい発行規模になるとその流動性の高さの魅力から今までとは違う買い手を獲得することが出来ます。

だから若しユーロ共同債が出れば、単にヨーロッパの各国の国債(その中にはギリシャ国債のように煮ても焼いても喰えないものも含まれるわけですが)の需要を全部単純に積み上げたものより多くの買い手が出ると考えるのが自然なのです。

その意味ではヨーロッパの財政統合が経済的にムリという議論は「それじゃ、日本はどうなの?」というツッコミを受けても仕方ないのです。

なお細かい議論になりますが、ヨーロッパで流通されている国債の大半はヨーロッパの色々な国が持ち合っています。若し、欧州財政統合が起きて、これらが「一本化」されれば、そんな風に持ち合われている国債はすべて「国内投資家保有扱い」になります。すると外人保有比率は一気に下がるわけです

そんな簡単な話しなら、何で欧州財政統合がすぐに起きないのだ?

そういう疑問を読者の皆さんは持つでしょう。これはその通りで、欧州財政統合はすくなくともソロバンの上からは楽勝で出来ます。でも政治的には極めて困難な事なのです

おそらく、ヨーロッパの国民のひとりひとりに財政統合に賛成か?と国民投票させたら、ほぼ間違いなく「NO」という答えが帰って来ると思います。

しかし欧州連合はこれまでにも「NO」と言われた事を実際にやってきました。

2001年に元フランスの大統領だったジルカール・デスタンが欧州憲法制定のための協議会の委員長に選ばれ、彼の下で憲法案が作られました。

そして先ず欧州憲法草案に最も深く関与した中心国であるフランスとオランダで国民投票に付されたのですが、これが両方の国でアッサリと否決されてしまいました。

普通ならこれで欧州憲法制定の努力は頓挫というところですが、ブリュッセルは「これらの国の国民は、まちがっている!」という考えから何とか国民投票を迂回して欧州憲法に近いものを策定しようと企み、死んだはずの欧州憲法を墓場から蘇らせました。

これがリスボン条約なのです。

この迂回作業のおかげでリスボン条約は本文の分量が7万6千語もある膨大な法律文書となりました。(因みに合衆国憲法は僅か7200語だと言われています。なお僅か7200語で憲法の精神を全て表現するのはいくらなんでも困難だと思います。その点、アレキサンダー・ハミルトンらが執筆した「ザ・フェデラリスト・ペーパース」と呼ばれる一連の資料が、こんにち米国で「準憲法」的な存在として最高裁の判例などで頻繁に引用されている点は興味深いです)

リスボン条約は慎重に国民投票の必要性を取り除くようにデザインされたのですが、それでもアイルランドの憲法には国家の権限の所在に対する規定が明記されていた関係でリスボン条約を認めるかどうか国民投票にかけざるを得なくなりました。

案の定、アイルランド国民はリスボン条約を否決しました。

それでもEUはリスボン条約に固執し、アイルランドは国民投票でEUにタテをついた行為をとがめられ、有形無形のプレッシャーを受けたのです。

EUのアイロニーはEUの個々の国は民主主義であるにもかかわらず、それらを統合する上部組織としての欧州連合はリスボン条約というブリュッセルのテクノクラート達が策定した、投票箱に依らない掟によって縛られているという点です。

ブリュッセルは過去に起きた幾多の欧州内のレファレンダム(国民投票)における国民からのNOの意思表示は全て「不都合な真実」として無視し、「行政のプロ」を自負するブリュッセルのテクノクラートによる支配を押し進めているわけです。

それはそもそも民意に基づいていないし、憲法として成立しなかったものを無理矢理憲法もどきの条約というカタチで採用しているという意味で違憲であり、大政翼賛的であると言えます。

結論としてはユーロの究極のエンドゲームは財政統合になります。それは欧州財務省を設置し、欧州財務省証券を発行するということです。

それは実質的にヨーロッパ合衆国が誕生するのと同じです。

ただそこへ至る原動力は、建国の理想に突き動かされた、浪漫的な情熱ではありません。

経済的混乱を嫌い、秩序を何よりも重んずるドイツが、(アイツらは自分で自分を管理することが出来ないから、自分でやるしかない)と諦めた時、いやいやそれが実現するのだと思います。