株主総会のシーズンです。

野村ホールディングスの株主提案に、「会社のトイレを全て和式に」というのが出され、それが世界で笑い物になっています。

元証券マンとしては、このニュースはとても悲しいし、くやしい。

僕は元々プラント関係の仕事をしていて、中途採用で1986年に証券界に転じました。

そのときにお世話になったのは、今は無い、三洋証券という会社です。

三洋証券は野村証券と友好的な関係がありました。いや、友好的と言うより、三洋証券は野村証券のしもべみたいな存在で、「靴ぺロ」状態だったと言った方が正確かも知れません。

当時の野村は英語の表現を使うなら、Standing tall、つまり胸を張って、誰も寄せ付けないプライドの高い存在だったのです。

その頃の三洋証券の「調査」といえば、「おい、野村が今何をプッシュしているのか、探って来い!」というのがリサーチだったわけです。

そして野村の推奨に提灯をつけ、その連想で芋づる式に二番手、三番手の焼き直しのアイデアをトレードするというのが、僕が証券界に入った時の実情でした。これは何も三洋証券に限った事では無く、準大手や地場証券は程度の差こそあれ、全部、そういう状態でした。

でも日本のバブルがはじけて以降、そういう「推奨営業は良くない」という世論の声に押される形で、野村はどんどん軟体動物みたいな、フニャフニャした存在になっていった、、、

もちろん、強引な勧誘やダマ転(お客を騙すような、回転営業のこと)の時代に戻れと僕が主張しているのではありません。

自分の主張をハッキリ出すということと、アコギな商売をするということは、本来、何の関係もありません。

野村が駄目になったのは、「商売のやり方がエグい」という批判を前に、自分の考え方をハッキリ出すことをやめてしまった点にあるのではないでしょうか?

それでは自分の考えとは何か?

それはidea excellenceという事です。言い換えれば卓越した見識です。

金融業では、突き詰めていけばcost of funds(資金調達コスト)が最も低い者が競争力を持ちます。それは乱暴に言えばバランスシートの大きさを競うことに他なりません。



その意味で、金融サービス業はコモディティ的であると言えます。

ただ、そうではない闘い方というのがある

それは知的付加価値(intellectual vaule-adds)で勝負するという方法です。

ニューヨークの投資銀行に勤めていた時代、僕の上司に口を酸っぱくして言われたことは、「知恵の無い奴はバランスシートで勝負しろ!バランスシートで負けるなら、知恵を出せ!」ということです。

その当時、バランスシートの大きさを梃子にして引受け案件を取っていた典型的な投資銀行はシティグループでした。だから僕たちはシティのアンダーライティング・マージンの低さと、アフターマーケットでの公募案件のパフォーマンスの悪さを心の底から軽蔑していました

それではidea excellenceで勝負するとは、どういうことなのか?

これはひとことで言えば、未だ皆の知らない技術や、サービスの発想法、商売の切り口、経済や社会の変化、、、そういう事象をいち早く察知し、的確に分析し、世の中がどっちの方向へ向かっているのかについての自分の考えを明確に打ち出すということです。

いま、即席ラーメンは10年経っても50年経っても即席ラーメンです。

だから昔からある、周知の事象にどれだけ頭をしぼっても、idea excellenceというものは出てこない。「野村のリサーチを読んで、いままでわからなかったことが、わかった。どうもありがとう!」と言う風に言われようと思えば、未知のもの、未だ評価の定まってない事象、複雑極まりない問題(例:欧州財政危機)などのチャレンジのある領域において新境地を切り拓く以外に無いのです。

商機とは、そのようなinformationのギャップ、knowledgeのギャップを埋めてゆくところに存在するのです

ボケが始まっている老人に対して、毎月分配型の投信を高い手数料で売りつけるようなネクロフィリア的な商売は、本当の意味での商機ではない。

新境地を切り拓くにあたっては、顧客、つまりその情報の受け手が自分の主張についてくることが必要になります。つまり顧客がアフォなら、どんなにカッティング・エッジなアイデアでも「猫に小判」になってしまうわけです。するとidea excellentを商売のネタにしようとするということは、情報の受け手側のリテラシー、理解力、ソフィスティケーションを信ずるという事に他ならないのです。

それは言い換えればリスペクト(尊敬)です。

先ず自分が情報を発信する受け手の能力を信じ、リスペクトする、、、この信頼関係がないままに、(どうせ客はアフォだから、、、)という態度で営業するから客に見透かされるのです。

Idea excellenceで勝負しなくなると、薄っぺらになる。中身が無いから、インサイダーのようなウマい話しでなんとか数字を作ろうとする、、、「貧すれば鈍する」とはこのことです。

「お前らは和式トイレで踏ん張ってろ!」と揶揄されるのと、今回の一連のインサイダー問題は、だから根っこは同じです。

耳の痛い話ばかりしましたが、僕は野村という組織を畏怖しているし、信じています。若し野村が立てないのなら、もう日本の金融界に未来は無いと思う。だからこそ野村にはフンパツして欲しい。

Stand tall!