1980年代半ばに『ウォール街の欲望と栄光』という本を読んで以来、あたかもその場に居合わせたかのような臨場感でビジネス界の事件を解き明かすカリスマ・ジャーナリスト、ケン・オーレッタに僕は注目してきました。

そのオーレッタがEブック(電子書籍)を巡る談合問題に関して、6月25日号の『The New Yorker』で気合の入った記事を書いています。

そこでこの記事で書かれている事をかいつまんで紹介しながら、アメリカで起きているギョーカイの焦土化について書いてみたいと思います。

先ず記事では一気にEブックの普及を進めたいと考えるアマゾンがEブックを「原価割れ」の$9.99で売っている説明から始まります。

米国の出版界は本の価格設定の際してアマゾンが強大な発言権を持つことに危惧を抱きました。

ちょうど出版界が焦っていたときにアップルがiPadを出すにあたって、エージェンシー・モデルという方式を提案したのです。エージェンシー・モデルとはアップルが「エージェント」つまり代理人ないし仲介人としてEブックを消費者に届ける際のホスティングなどの作業を提供する代わりに、手数料を受け取るというシステムです。

エージェンシー・モデルで本の最終小売価格を決めるのは、あくまでも出版社であり、その建値の中にアップルに支払うコスト(30%)も含めた上で価格設定をするわけです。

アップルがこのシステムを提案したときに、同社はひとつの条件を付けました。それは大手出版社六社のうち、最低四社がこのプランに賛同しなければ、エージェンシー・プランは実行に移さないということです。

そこで大手出版社各社はアップルからの誘いに乗るか、それとも断るかのジレンマに直面しました。なぜならアップルのEブック販売に加担すると、アマゾンからいやがらせされるリスクがあるからです。結局、ランダムハウスを除く大手五社がアップルからの誘いに乗りました。

オーレッタの記事によると司法省はかねてから「究極的に消費者が最も安い値段という恩恵を蒙っているのであれば、アマゾンが強大な市場支配力を持っても、カンケーない」という消費者寄り(それはつまりアマゾン寄りでもあるのですが)の考えを持っていました。

さて、エージェンシー・モデルが登場してからは、自らのエコシステムを壊すことになりかねないような、アマゾンのハラキリ的ディスカウントの価格設定ではなく、ちゃんと儲けられる値段を出版社はつけました。その結果、Eブックの値段が底上げしてしまったのは事実です。

書店は当然、出版社の味方です。本がそれぞれ個性を持った商品である以上、全ての新刊書に大々的な広告を打つことは、出来ません。すると本屋さんの店内での販売促進活動など、地道な努力で新刊書を紹介してゆくのがベストな方法だというわけです。

これに対してアマゾン上では出版社は新刊書がどう紹介されるべきかに関して全く発言権を持っていません。



消費者が、アルゴリズムによる類書紹介だけを頼りに新しい本を発見するということでは、今、市場に出回っているような多種多様な本を企画し、マーケティングしてゆくことはできないというのが出版社や書店の主張なのです。もちろんベストセラー作家にとってはアマゾンの仕組みもそれほど問題にはならないかも知れないけれど、そうではない新人の作品が注目される余地は皆無だというわけです。

アマゾンのジェフ・ベゾスは上のような主張に異議を唱えていて、2011年のキンドルのベストセラー作家の多くが零細出版社や作家自身の個人出版によるものであることを指摘しています。

それからEブックの登場で、主にEブックで本を読む読者は昔より頻繁に、沢山本を買うようになる傾向があるという指摘もされています。

伝統的出版モデルでは出版社が著者に前渡し金(アドバンス)をはずむことで著作活動を支援するということが行われてきました。多くの場合、これは出版社にとって損に終わります。しかしたまにヒットが出ると、そのヒットで損を穴埋めできるわけです。その意味で前渡し金はある種、ベンチャー・キャピタル的な存在です。しかしアマゾンの方式ではそういう事は出来ません。

今回、司法省がアップルと出版5社を告訴するにあたり、それらの企業が談合の証拠隠滅を行ったなどの事実が明るみに出ています。その意味では、これらの企業は最初から「ちょっとヤバいかな?」という後ろめたさをウスウス感じながら、用心深く密談を進めていたことは明らかです。司法省はこれを「明らかにシャーマン反トラスト法第1条違反である」としています。裁判所は同業者間での価格の示し合わせ、つまり水平的談合と出版社と販売者による価格の示し合わせ、つまり垂直的談合という二つの概念を認知しており、今回のケースはその複合型だというのが司法省の主張でした。

米国の公正取引委員会はどちらかといえばアマゾンに好意的な意見を持っており、「アマゾンがハラキリ・レートでEブックを売っているからといって、それで消費者の腹が痛むわけではない。本屋を守るために消費者が割高な値段を払う事を強いられるというのは正当化しにくい。アマゾンの威嚇的価格設定を糾弾する人は、いずれアマゾンが値段を吊り上げる可能性を指摘しているが、かならずアマゾンが将来そうするという根拠は見当たらない」としています。

大体、オーレッタの記事のアウトラインは上記のようなものですが、実際、ウチの回りの本屋も次々につぶれて、新刊書を本屋で買うには10キロ以上、クルマで行かなければ本屋が無い状態になっています。

チョッと本屋で見かけて、衝動買いするということも、当然、無くなりました。

その意味では出版社や書店が危惧していることをわからないでもありません。