ウォール街のランダム・ウォーカー―株式投資の不滅の真理
ウォール街のランダム・ウォーカー―株式投資の不滅の真理
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この本のサブタイトルに「株式投資の不滅の真理」という言葉があります。
僕はこの時点で、この本は「終わっている」と思います。

なぜなら長年、投資をやってきて、株式投資に「不滅の真理」など無いと痛感するからです。

それを軽々しくそう言い切るところに、この本の傲慢さがあるし、罪があるのです。

バートン・マルキールが1973年に『ウォール街のランダム・ウォーカー』を出し:

1.マーケットのタイミングを上手く捉えることは極めて困難だ
2.マーケットは正確に材料を織り込んでしまう
3.マーケットの将来の動きは、従ってランダムになる
4.将来の動きが予見できない以上、分散投資しかない
5.それならばインデックス・ファンドが一番便利だ


という事を主張したときには、物議を醸しだしたし、当時の「投資のプロ」たちは自分の存在意義を擁護するために、苦しい弁護を余儀なくされました。

その意味でこの本が出版された意義はあるし、その功績も大きいです



マルキールが「投資のプロ」の意見のいい加減さを証明するために行ったひとつの実験に、次のようなものがあります。

それはコインを何回も投げて、表が出たら上、ウラが出たら下という風にプロットしてチャートを作りました。次にそのチャートをテクニカル・アナリストに見せて、「このチャートは買いですか、それとも売りですか?」とお伺いを立てたわけです。するとテクニカル・アナリストは「この株は、ガンガンの買いだ!」と言ったそうです。

マルキールはそれを見て、チャート分析は無意味だという結論に達しました。

このようにマルキールはそれまでウォール街で額面通りに受け止められてきた投資理論やテクニックの限界を次々に指摘したのです。

ただ、マルキールが暴いた、それぞれのアプローチの限界は確かに事実かもしれないけれど、そこからマルキールが導いた結論部分については、大きな論理の飛躍があります。

マルキールは「個々のアセットプライスの将来は予見できない。だから分散して、全てのアセットを買えばよい。そのためにはインデックス・ファンドがお手軽だ」とやってしまったのです。

ここでマルキールがラッキーだったのは、当時(1980年代以降)は超高金利からじりじり金利が下がって来る局面であり、株式にとってフォローの風が吹いていたことです。さらに人口動態的にもアメリカのベビーブーマーが蓄財を始める時期に相当し、誰もが401(k)などに強い関心を示しました。

「株は長期に持っていれば、必ず騰がる」

そういう信仰が確立した背景には、この極めて偶然性の強いラッキー要因がたまたま存在したのです。

つまりマルキールの神話のうち、彼が正しかった部分は半分だけであり、残りは単なるラッキーに過ぎなかったわけです。

これはカール・マルクスの残した業績にも相通じるところがあります。

マルクスは資本主義というシステムが帝国主義を招き、それが結局、人々を不幸にするさまを的確に指摘しました。マルクスの資本主義に関する預言は次々に的中したのです。しかし「だから計画経済しかない」という結論部分は、ソビエト連邦が打ち立てられた当初は良かったけれど、時代が経つにつれて「やっぱり間違っていたな」という事が痛感されました。

そこで共産圏では「マルクスが資本主義に対して加えた批判の全ては正しかった。残念なのは計画経済に対する彼の主張がちょっとズレていた点だ」という自虐ジョークのネタにされるようになってしまったのです。

マルキールの場合も、「だからインデックス・ファンドをただ買って、そのまま持っておくに越した事は無い」という結論部分は主観に満ち、きちんと立証されていない方法論ではないでしょうか?

もちろん、「アクティブ運用はなかなか株価指数に勝てない」という点は事実です。

でも、「そもそも株価指数自体が長期右肩下がりの場合、運用資産を目減りさせてまで、アクティブ運用に勝っても、意味無い」という立場もあるわけです。

今後、アメリカでは高齢化が進み、ベビーブーマーがどんどん401(k)を取り崩し始めます。それは90年代以降の日本の株式市場のように、ただインデックス・ファンドを抱えているだけでは、損するばかりという結末にアメリカも陥るリスクがあることを示唆しているのです

そういう眼前の、きわめてリアルなDangerに目を瞑って「ただBUY & HOLDしろ」というのはむしろ宗教がかった盲信のように思えます。

さて、そのマルキールですが、今年になって「どのアセット・クラスが最も見込みがあり、どのアセット・クラスが最も駄目かの予想リスト」を公表し、米国の投資コミュニティで語り草になっています。

その中で何と彼は:

「債券は駄目だ。特に10年債は絶対損するだろう」
「新興国株式がベストだ」
「不動産もいい」


などの御神託を披露したのです。

ガチガチのランダム・ウォーク理論の信奉者で、マルキールの熱烈なファンたちは、このマルキールの発言に目が点になりました。なぜなら、「未来は予見できない」と言った本人が、しゃあしゃあと推奨リストを掲げたからです。

『ウォール街のランダム・ウォーカー』は投資に関するいろいろなセオリーがかいつまんで紹介されているという点で、情報価値は高い本です。その意味で読んで損は無いと思います。

でもCAPMをはじめとする、諸々の投資理論をちゃんと勉強するなら、『ウォール街のランダム・ウォーク』で上っ面だけをサラッと見てわかったような気分になるのではなく、個々の理論の原書(例えば『Portfolio Theory & Capital Markets』William Sharpe)をちゃんと当たる方が、よっぽど勉強になります。

別に投資に限らず、どの世界でも:

「これさえやっておけば、OK」

という安易なアドバイスを、素人は求めやすいものです。

これが野球なら、『練習しなくて、イチローのようになれる方法』という本を出せば、まちがいなく世間の笑い物になるでしょう。

でも「インデックス・ファンドにただ投資すればOK」と言われると(あ、そうか)と感心してしまうところが、投資の難しいところです。

もちろん、それを信じるのは皆さんの自由です。

ただインデックス投資家が致命的にイタい部分というのは、「インデックスでOKだ」と入信してしまった瞬間に、経済の事、ビジネス・トレンドの事、社会の事、その他、あらゆる事象を考えることを止めてしまう点にあります。

それは横着で、怠惰で、結論ばかりを急ぎ過ぎて、究極的に虫のいい態度です。投資って、そんなにカンタンなものでしょうか?

『ウォール街のランダム・ウォーカー』は大筋として良い事も沢山指摘しながら、究極的には、そういう情弱な読者を喰い物にしている点で僕は好きになれません。