Chikirinさんが「ちょこっと稼ぐ」の復活という記事を書いています。

発展途上国では靴磨きの少年や交差点で止まった車に新聞やペットボトルを売る子供がいる。そういう事を今の日本でやろうとするといろいろな規制があってすごく難しい。でもネット上には未だそういうことが出来る空間が残っている。


ごくかいつまんで言えば、そういう指摘だと思います。

なかなか鋭いな、Chikirinは。

さて、経済の立場からすると発展途上国の靴磨きの少年や「移動キャバクラ」は地下経済に属すると思います。

地下経済とはそれぞれの国の政府が捕捉できていないあらゆるお金稼ぎの活動を指し、その中には、非合法のものもあるけれど、合法、ないしはそもそも法律で規定されていない金儲けも含まれています。

政府が捕捉する、あるいは捕捉しないと言った場合、それは難しく言えば徴税の基盤として認識されているか?ということであり、政府がそこから「税金を取りますよ!」と宣言すれば、逆にそのビジネスを半ば認めてしまう、いわゆるレジティマシー(legitimacy=合法性、正当制)の賦与になってしまいます。

どこそこの国で「売春婦にも税金を」という世論が持ち上がったとすると、それが物議を醸し出すひとつの理由は、課税が事実上、そのビジネスを合法化してしまうからです。

リンツ大学のフリードリッヒ・シュナイダーの試算では、世界経済の35%が地下経済、つまり政府に捕捉されていない経済活動から成り立っています。



2002年に国際通貨基金(IMF)が出した「影の経済」に関するレポートでは;

タイ GDPの70%
ロシア GDPの44%
ナイジェリア GDPの77%
エジプト GDPの69%


などの数字が報告されています。(これらはいずれも10年以上古い統計ですので、現在では変わっているかもしれません)

僕のように普段、新興国株式への投資をしている人間の立場からすれば、これはとても大きな問題です。なぜなら新興国の場合、政府の徴税ベースがしっかりしているかどうかは国家負債の利払い能力や、ひいてはその国の通貨の強さにまで影響を及ぼす大問題だからです。

地下経済が大きいということが何を意味するか?といえば、それは政府の徴税基盤の整備が出来ていないということです。もっと平たく言えば、「年貢取り立てをするお役人の監視システムがザルだ」ということです。

さて、ネットの世界で「ちょこっと稼ぐ」ことが再び日本でも出来るようになったのは「いいトレンドだと思うよね」とChikirinが発言したのに対して、読者のフィードバックの中には結構、批判的なものが散見されました。

たとえば:

ちきりんは会社を退職して、今しているのは迷惑で違法なビジネス こんなやつの言うことを信用してはいけない


という感じです。

僕は個人的に「税金というのは社会の構成員ひとりひとりが全体として、より住みやすい社会を築くために、富の一部を再分配しましょうというシステムだ」と解釈しています。社会の皆が最低限の人間としての尊厳を維持でき、道徳性を保てるためにはある程度の再分配は必要だと思うのです。

しかしこれをあまりギュウギュウにやると経済の活力を削ぐ結果になる場合もあります。また再分配のメカニズムが固定的かつ既得権益化すると、そのシステムに巣食う、寄生虫みたいな奴がうじゃうじゃ湧いてくるわけです。その一例がお役人の天下りという「特権」です。

Chikirinの意見に批判的な人の中には、すでに社会の「勝ち組」の立場を手に入れて、その様々な御利益を享受する立場から批判しているようなものも見受けられました。

でも所詮、「ちょこっと稼ぐ」は非正規経済に過ぎないのであり、その非正規経済とは「年貢取り立てをするお役人のリテラシーの不足(ネットの場合など)」が原因でそういうチャンスが発生している場合が多いように思います。

個人によるスカイプ相談などはサービス自体が斬新なので、税務署が捕捉しようのない経済活動だと思います。

規制と経済の活力とはシーソーのような関係にあります。つまり余りガッチリと規制の網をかけ、徴税すると新しい発想は出てこないということです。