ハースト系の女性誌『コスモポリタン』を経営不振から立ち直らせ、世界で最も読まれている女性誌に仕立て上げた名物編集長、ヘレン・ガーリー・ブラウンが13日、90歳で死去しました。

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ヘレン・ガーリー・ブラウンが『コスモポリタン』の編集長になったのは1965年です。当時はテレビがアメリカの家庭に普及しはじめたときで、テレビに読者を取られてしまい、総合誌の体裁を取っていた『コスモポリタン』は深刻な経営不振に陥っていました。

ガーリー・ブラウンは「あれもこれも」という編集方針をバッサリ止め、女性の社会進出というテーマだけに特化した路線を打ち出します。

彼女は既に1962年に「セックスと独身女性(Sex and the Single Girl)」という本を書いており、女性の権利向上を主張する重要な論客と見做されていました。当時のアメリカ社会では「貞淑こそ美徳で、キャリア・ウーマンなんて論外……女性は家庭に入るべき」というプレッシャーがありました。

ガーリー・ブラウンはそれに対してオンナでも人生を謳歌し、大胆に、女であることを楽しみながら生きるべきだと主張します。これが今日の『コスモポリタン』にも脈々と受け継がれている同誌のエトスであり、DNAなのです。

結局、ガーリー・ブラウンは1997年まで、実に32年の長きに渡って編集長を務めます。

現在はケイト・ホワイトに受け継がれており、同誌の現在の発行部数は米国内だけで300万部、それ以外にベトナム、モンゴル、アゼルバイジャン、アルメニアなど世界64カ国でローカル版が出されています。


つまり『コスモポリタン』は真にグローバルな勢力であり、そのリーチはニューヨーク・タイムズによると1億人と言われています。『コスモポリタン』のグローバルな読者の購買力は、年間に靴に使うお金だけで14億ドル、化粧品が25億ドル、香水が15億ドルだと言われています。

同誌は女性を社会の束縛から解放するというテーマで一貫した編集姿勢を堅持しており、表紙に必ずSEXという文字を入れることを心掛けているそうです。(下参照)

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その記事は「アレの後でワギナの調子がヘンなとき、どうする?(When your vagina acts weired after sex)」などリアル過ぎる(W)タイトルのものが多く、「朝10時から編集会議でアナル・セックスの話題を討議する会社」として有名です。

このため先進国では『コスモポリタン』を毛嫌いする人も多く、同誌は集中砲火を浴びやすい立場にあります。

同誌に対する典型的な批判としては「なるほど女性の社会進出や解放は良かったかも知れないけど、お陰で女性の婚期は遅れてしまった。年取ってから子供を作ると大変だし、シングルのライフスタイルはごく一部の成功したキャリア・ウーマンには良いかもしれないけど、その影で大多数のシングルは苦しんでいる」という指摘があります。

この指摘はアメリカや日本のように成熟化した経済では特にひしひしと感じられます。

その反面、インドや多くの新興国では未だデモグラフィーは若いです。そのような国の多くでは両親が性教育に全く関心が無く、正しい情報を取得しようとしても、親からも、友達からも情報が得られないという国も少なくありません。そこでは『コスモポリタン』だけが若い娘の味方なのです。

『コスモポリタン』を思春期に愛読した読者の多くは、「はやく大人になりたいな、はやく社会に出たいな」と憧れを抱いたそうです。これほどまでに多くの読者の「生き方」に影響を及ぼしたという点で、ガーリー・ブラウンの残した功績は大きかったのではないでしょうか?