最近、領土問題が話題にならない日はありませんが、海外の識者はこれをどう見ているのでしょうか?

今日はウォールストリート・ジャーナルに投稿された、米国民主党上院議員、ジェームズ・ウェブの論文を紹介します。

その前に、僕はこのジェームズ・ウェブ議員の投稿は良く事情を理解している人が書いているし、米国内ではかなり影響力を持つと思っています。その理由は彼の軍人、代議士、そして映画脚本家・作家としてのトラックレコードに由来します。

ジェームズ・ウェブのお父さんは米国空軍のパイロットで第二次世界大戦中B17を操縦し、また冷戦時代に「ベルリン空輸」を敢行した人です。

ジェームズ・ウェブ本人はアナポリス海軍学校(=陸軍のウエストポイントに相当)を卒業し、第5海兵師団第1大隊のデルタ・カンパニーで小隊長としてベトナム戦争のフエの戦いに従軍し、海軍勲功章をはじめとする、数々の勲章を受けています。

その後、アメリカ合衆国海軍長官に就任し、さらにベイルートにおける米国海兵隊バラック爆破事件(200人近い海兵隊員が死にました)のドキュメンタリー番組をPBS(=日本のNHKのような公共放送)で作成し、エミー賞を受賞しています。またヒット映画『英雄の条件』の原作者で、プロデューサーも務めました。

ウェブ上院議員は軍事専門家の立場からイラク戦争に批判的、悲観的な意見を表明し、物議を醸しだした事もあります。

なお、現在の彼の奥さんはサイゴン陥落のときにアメリカに逃げてきたベトナム人で、そんな事からも南アジアの情勢に詳しいです。

それでは背景説明はこのくらいにして以下は彼の論文の抄訳です:


南シナ海波高し ジェームズ・ウェブ
(省略)
アジア諸国が豊かになるにつれて、アジアにおける国家主権の主張はだんだん強くなっている。過去2年だけでも日本と中国は尖閣諸島問題でぶつかりあっている。国際的には尖閣諸島の管理は日本の管轄下であると認識されている。ロシアと韓国はそれぞれ日本近海の島々の領有権を主張している。中国とベトナムは西沙諸島(せいさしょとうParacel Islands)の主権をそれぞれ主張している。中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシアの各国は南沙諸島(なんさしょとうSpratly Islands)の領有権を主張し、なかでも中国とフィリピンの小競り合いが続いている。

(中略)

これらの中でも最も緊張が高いのが南シナ海である。

6月21日に中国は西沙諸島のウッディー島を県庁所在地として置県(establishment of a new national prefecture)することを決定した。ここはそもそも原住民が住んでいない無人島であり、水の供給も無いところである。しかしそこに軍用機が降りられる滑走路を建設し、郵便局、銀行、食料雑貨店、病院を建設した。ここは海南島から200マイルも離れたところであり、ベトナムの沖合であることから、ベトナム政府は強くその主権を主張している。ここは1974年に南ベトナム軍の兵隊が駐屯していたが、それに対して中国軍が攻撃を仕掛けた島でもある。

中国による西沙諸島置県は西沙諸島だけでなく広く地域紛争を誘発するリスクがある。過去六カ月の間に中国政府は南シナ海全域の主権を主張した。200平方キロメートルにわたるこの海域に存在する200の小島を中国が管理し、そこに住む1000人の住民をひとつの県として知事、副知事を任命し、管理すると発表している。

これらの政治的な発表に呼応して7月22日に中国の中央軍事委員会はこれらの島々に守備隊を派兵すると発表した。そして応戦体制のための定期パトロールを行う方針を発表した。そして国際社会では本来ベトナムの領海だと認識されているはずの同地域の地下資源探索権を競売する方針を固めている。

このように中国は東はフィリピン近海、南はマラッカ海峡に近いところまで迫る大きな海域を一方的(unilaterally)に併合すると決定し、ベトナム、韓国、日本、フィリピンを全部合わせた面積よりももっと大きい海域を「県」としたのである。

これに対するアメリカの反応は薄い。国務省がようやくこれに懸念を表明したのは8月3日のことである。しかもその声明は細心の注意を払って曖昧化されており、国際法に従い、非軍事的な方法で領土問題は解決されるべきだとしている。

それにもかかわらず中国政府はアメリカのこの声明に激怒した。そして「この声明は中国の権利を侵害するものであり、間違っている」とした。さらに「アメリカは対立を煽るようなことをわざとやっている」と批判した。

実際にはアメリカの優柔不断(vacillation)は中国を増長させる結果を招いている。アメリカはこれまでアジアの海域における領土問題で誰の肩も持たない中立の立場を貫いてきた。それは小さくて弱い国からの国際社会の介入の要請が繰り返しなされたにもかかわらずである。

中国は「このような問題は二国間で解決されるべきだ」と主張している。中国の経済力、軍事力の増大は、ワシントンがこの問題を座視すれば、今後中国はよりアグレッシブに領有権を主張することを許すことになる。

米国、中国、東アジア各国はいま、不可避の「真実の瞬間(unavoidable moment of truth)」を迎えようとしている。平和的な主権の主張は当然あってよい。しかし煽り的で好戦的な態度はまた別だ。この問題は将来の米中関係にも大きく影響してくる。

歴史を紐解けばある国の一方的な威嚇に対して黙っていれば状況はどんどん悪くなる。今の極東情勢ほど、これが当てはまることは無い。歴史家、バーバラ・タックマンによる陸軍大将ジョセフ・スティルウエルの伝記を読めばわかることだが、1931年に日本が満州に進出した際、中国はアメリカと国際連盟に対して介入を嘆願したが、米国はそれに構わなかった。それ以降、アジアはどんどん戦争に向かって行った。

アメリカが大統領選挙で関心をそらしているうちにアジア諸国は南シナ海の問題でアメリカがどう出るかを注視している。それらの諸国は、いまアメリカが試されていることを知っているのだ。アメリカがいやいやながら極東の安定を維持する役割を果たすのか、それとも極東は再び一方的な威嚇に晒されることになるのか?

中国は1931年の国際社会の沈黙でその犠牲になった。問題は中国が今回、本心から国際規範に基づいて領土問題の解決を望んでいるかどうかだ。またアメリカに国際規範にもとづく解決を中国に迫るだけの意志があるかどうかだ。