ヤレヤレ、やっと逝ってくれたか。

それが投資家の偽らざる心境でしょう。週末に1万人にのぼる大々的リストラのニュースが漏れ伝わったUBS株は、月曜日の立ち合いで急騰しました。投資家は同行がFICC(債券・コモディティ)のビジネスから完全撤退するのではという観測を好感したのです。

かれこれもう10年近くも、UBSの業績は他社をアンダー・パフォームしています。その上、ETFのトレーダーが損を隠ぺいしていた問題が発覚して「一体、あの会社の内部管理は、どうなってんだい?」と、同業者から嘲笑を買いました。

すっかりポンコツ投資銀行に成り下がったUBSは「この際、FICCのビジネスから完全撤退する」ということを、今日、正式に発表する見込みです。これは、リーマンショック以降、如何にFICCのビジネスそのものがクソになったかを証明する、ひとつの証拠だと言えるでしょうし、今後、バーキャップやドイチェバンクなどの債券に強い投資銀行も、バランスシートの規模を圧縮する傾向に拍車をかけることになると思われます。

UBSの総従業員数は6.3万人で、そのうち投資銀行部門は1.6万人を雇っています。今回発表になる1万人の削減は、向こう10年くらいかけて、ゆっくり実施される見通しであり、その大部分は投資銀行部門での首切りになります。

UBS内部の人間やアナリスト達は「UBSはSGウォーバーグのルーツに戻ることになるだろう」と語っています。

SGウォーバーグとは1995年にスイス銀行が買収した投資銀行です。その後、スイス銀行がUBSと合併して、現在のUBSになりました。

スイス銀行に買収される前のSGウォーバーグはイギリス最大の投資銀行で、ビッグバンによるシティ(=ロンドンの金融街)の再興の際に、中心的な役割を果たした投資銀行でした。

歴史家の二アール・ファーガソンはSGウォーバーグの創設者であるシグムンド・ウォーバーグを第二次世界大戦後の英国のインベストメント・バンカーとして、最も重要な人物だと位置づけています。

彼によると第二次大戦でロンドンはドイツ空軍にボコボコに空爆され、それまでずっと果たしてきた、「資本の輸出者」としての役割から、一転して債務国の立場に転がり落ちてしまいました。その惨めな状態から、金融センターとしてのロンドンの復活に、ひとりの男が大きく貢献した……それがシグムンド・ウォーバーグだというわけです。

シグムンド・ウォーバーグは敵対的買収を発明しました。彼はアメリカ企業、レイノルズ・メタルズのために英国企業、ブリティッシュ・アルミニュームの敵対的買収を仕掛けます。イギリスの社会はこれを強く非難しました。しかし、そろばんと株式市場に於ける立ち回りの巧さで、シグムンド・ウォーバーグはこの戦いに勝ってしまうのです。


お友達クラブ的で古色蒼然としたシティ・オブ・ロンドンの慣習は、このディールでぶち壊されました。それを契機にシティ・オブ・ロンドンは欧州でいち早くタブーを棄て、アメリカ流の近代的なコーポレート・ファイナンスの手法を積極的に取り入れはじめます。後に「ウィンブルドン現象」と呼ばれるロンドンの金融サービスの隆盛のルーツは、ここにあるわけです。

シグムンド・ウォーバーグのもうひとつの功績はユーロボンド市場を考案したことです。政府からの過剰な介入・規制の埒外で、おカネが最も自由かつ有利な投資先に流れる道筋を、最初に作ったのがウォーバーグというわけです。

シグムンド・ウォーバーグのもうひとつの特徴は、倫理面において極めて厳格だったという点です。全てにおいて「地味」を美徳とし、派手なネクタイや目立つ縦縞の背広を着て来た社員は厳しく叱られました。

また「ビジネススクールなんて、あれは学問じゃない」と徹底的にビジネススクールを軽蔑しており、採用面接の際も「トーマス・マン、ディッケンズ、バルザック、トルストイを読んでいれば合格」という、エキセントリックな基準を持っていました。ウォーバーグに言わせれば「ビジネススクールで2年くらいで習得できる知識は、小手先のノウハウの域を出ない。それより重要なのは、トータルな人格だ」というわけです。

上の点に関しては反論も多いかと思いますが、実際、コーリング・オフィサーなどになって企業のトップとリレーションシップを築いてゆく際、やっぱり教養というのはとても大事になります。人間としての「底の浅さ」を相手に見抜かれてしまうと、もう信用されなくなる……。シグムンドはその点に特に気を遣ったわけです。

シグムンド・ウォーバーグのエキセントリックさのもうひとつの例として筆跡心理学(graphology)があります。これは嘘ツキや倫理に欠けている社員を間違って採用してしまわないために、面接の際に紙に文章を自筆で書かせ、それをスイスの筆跡心理学者のところへ送って分析してもらうという足切り方法です。(僕自身もSGウォーバーグに入る時、実際にこの筆跡心理分析をやらされました)

筆跡心理分析でわかることは:

ユーモアのセンスがあるか
見栄っ張りか
分析的思考力があるか
反抗心を持っているか
心の広さ
うっかりものか
正直か
気性の激しさ


などです。この筆跡心理学試験は1990年頃までは実施されていましたが、その後、取り止めになったようです。

若しUBSが今でも筆跡心理学試験をちゃんとやっていれば、嘘つきETFトレーダーの事件は起こらなかったかもしれませんね。

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投資銀行における採用面接のシーンは、下の自著にも出てきます。リアルでっせ。

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