僕はもともと新興国や米国に上場されている欧州株のADR(米国預託証券)を通じて為替の問題を考えてきたので、普通のFXの世界の人たちとは、かなり違う世界観を持っています。それは言うなればミクロ的な視点です。

普通、カレンシーのトレーダーの方々は、流動性の大きいマーケット(例えばドル/円)から勉強を始めます。そこには数々のマクロ経済や政治的な要因が複雑に働いており、市場分析は容易ではありません。

新興国の場合、通貨は流動性に乏しく、自由にトレードしにくいです。言うなれば、箱庭でママゴトをやっているようなもので、メジャー通貨のビッグ・プレーヤーの方々から見れば、鼻くそ程度の世界だと思います。

個々の企業の決算が、為替変動によってどう影響を受け、彼らの海外での競争力が増したり、減退するというのも、同様にチマチマした議論です。

僕が昔、S.G.ウォーバーグのニューヨークに勤めていた時、僕の仕事のひとつは「ADRリエゾン」という肩書でした。その当時、S.G.ウォーバーグは欧州最大の投資銀行で、欧州株のリサーチに強く、アメリカにおけるADRの取次実績もナンバーワンでした。そこでディーン・ウィッター・レイノルズ(現在のモルスタ)のように、欧州株のリサーチが無い証券会社に対して、ホワイト・レーベル契約を結び、S.G.ウォーバーグの調査レポートを提供するというビジネスを展開していたのです。


その結果、アメリカ中のリテール支店から、欧州株などのADRリサーチ・レポートに関して問い合わせが来るという状況でした。ちょうど日本の証券会社の外国株式部に、支店から問い合わせが来るのと同じイメージだと思います。

質問の中身には「相場、どうですか?」式のカジュアルなものや「政治的な背景がわからない」という、一般教養に属するようなものまでありましたが、圧倒的に多かった質問は「このアナリストはドルベースのEPSを計算する時に、その根拠として幾らの為替レートをつかっているのだ?」という質問でした。

当時は未だ証券会社が全社共通の為替レート予想に基づいて、調査レポートを書くという事が徹底していなかったので、アナリストが思い思いのレートを使っていて、それを確認するだけでも随分、骨が折れた事を思い出します。

アメリカの投資家の立場から世界の為替を考えるのと、たとえばスイス在住のアナリストが考える、為替観には、大きな差があるわけです。ドル建て表示になっている調査レポートを、一度、現地(たとえばスイス)通貨建てに戻す……そして問い合わせをしてきた顧客の考える為替レート・シナリオでADRのEPSを弾き直す……そんな浜辺の砂に絵を描くような徒労を、延々と繰り返したわけです。

しかし顧客のイメージ通りの為替レートで、ADRベースのEPSを計算しようとすると、今度はアナリストの方が「それではダメだ」と言うわけです。なぜなら為替レートが変わるとその企業が提供している財やサービスの競争力が変わるので、売上予想の数字が変わってきてしまう訳です。また細かい話をすれば、総輸出額のどれだけを為替予約してあるか?などの議論も入り込んできて、収拾がつかなくなるわけです。

新興国では為替レートの変化がその後のその国の輸出パフォーマンスにビンビンに跳ね返ってきます。箱庭のママゴトだからこそ、日本やアメリカやEUではなかなかわからない、為替の変動による競争力の変化が、手に取るようにわかるのです。

また個々の企業の業績というミクロのレベルでの影響も、マクロだけしか見ていない人には見えないものが、見えてきます

これまで円高につぐ円高で苦しめられてきた日本のメーカーの人たちの、円安に振れた時の歓び……これは経済学者を自称するオッサンたちには、到底分らない感覚でしょう。

逆に新興国がブームでチヤホヤされて、外国から投機資金がドカドカ入ってきてその新興国の通貨が強くなってしまった時の輸出業者の苦しみ(たとえばブラジルで大豆を作っている農家)は、ファンドマネージャーにはわかりにくいものです。

通貨が強くなれば競争力が減退し、自ずと輸出パフォーマンスが悪くなる。逆に通貨が弱くなると輸出が助かったり、企業業績が良くなったりする……これらは世界のいろいろな国の企業や事業主にとって自分の実力通りの水準に価格が鞘寄せする、equilibrium(均衡点)の発見プロセスに過ぎないのです。言い換えれば為替の変動は安全弁のような、自動調節装置としての機能を果たしている面があるのです。

だから僕は「円高は国益だ」式のあっけらかんとした短絡的議論は嫌いです。逆に、ある国にとって都合が良い方向に為替が動き始めたので、その勢いで、どこまでも突っ走るという甘い期待にも、必ず横車を押すヤツが出てきます。なぜなら物事には反対側があり、ある国にとって都合の良いことを、快く思っていない人が世界のどこかに必ず居るからです。日本のGDPはOECDによると世界の7%に過ぎません。(下図)
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(出典:OECD)

つまり日本が世界の全てではないということです。

今は日本の都合や事情(貿易赤字、安部政権など)で、為替が本来あるべき水準へ自律調整しています。これはしばらく続くかも知れないし、続かないかも知れない。でも究極的には日本の事情だけが全てを決めるのではないということを忘れないようにする必要があると思います。