1947年のケルアックのヒッチハイク旅行が『路上(オン・ザ・ロード)』という作品になって出版されたのは、旅行から十年後、つまり1957年のことですね。

そして皆のアイドル、ニール・キャサディは1964年に、再び或るムーブメントの発生に一役買うことになるのです。それは「陽気ないたずら者たち」と呼ばれる若者たちの、スクールバスによる全米横断ロードトリップに、そのバスの運転手として参加した事です。

このロードトリップこそ、1960年代を席巻したヒッピー・ムーブメントの起点と言えるのではないでしょうか? 何しろ小説『路上』のモデルになったキャサディその人が、ハンドルを握る……これは言ってみれば伝説のスーパーヒーローが若い世代の新しい冒険の水先案内人を買って出るようなものです。

このロードトリップを企画したのはケン・キージーという人です。キージーは小説『カッコーの巣の上で』の原作者ですね。この作品はのちに映画化され、ジャック・ニコルソンの主演で大ヒットしていますから、たぶんMarket Hackの読者の中にも観た人がいるのでは? 

カッコーの巣の上で [DVD]
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キージーがこの小説を書き上げたのは、僅か二十六歳の時ですね。いわゆる神童ですよ。

彼はもともとオレゴン大学で学んでいたけど、奨学金を得てスタンフォード大学に入学します。そしてスタンフォードのゴルフコースからサンドヒル・ロードを挟んで反対側に位置するペリー・アベニュー9番地の小さなコテージに落ち着くわけです。

ここはスタンフォードの創造的作文法修士課程に属する学生たちが多く住んでいた場所です。サンドヒル・ロードとサンタクルス・アベニューに挟まれたこの小さな一角は、ずっとメンロー・パーク市に組み込まれる事を拒んできんですね。その結果、ペリー・アベニューの子供達はすぐ目の前のオーク・ノール公立小学校に入学を許されなかったし、ペリー・アベニューは市の管轄では無かったので、街燈すら無かったそうです。で、キージーはすぐにこの小さなコミュニティの人気者になったわけです。

今日のサンドヒル・ロードはクライナー・パーキンス、ドレーパー・フィッシャー、シルバーレイクなど著名なベンチャー・キャピタルやプライベート・エクイティ・ファンドが軒を連ねる、シリコンバレー・ファイナンスのメッカになっています。でも、その目と鼻の先に、かつてこのようなボヘミアン的な一角があったことを覚えている人は少ないです。

で、キージーはその頃CIAがスポンサーとなって進めていたマインド・コントロールに関する研究の一環として、メンロー・パーク退役軍人病院で行われていたLSDの人体実験にボランティアとして参加するわけです。被験者の日当は75ドルだったそうです。

この研究は平たく言えば、スパイを自白させるときにLSDでハイにさせるのが有効な方法かどうかを調べる実験でした。結局、CIAはLSDを自白のために使うのは有効では無いと判断します。で、キージーはLSDの実験台になったことで自分の感覚の拡張という奇異な体験をこのときするわけです。

ノンフィクション作家、トム・ウルフ(この人は、メチャクチャ筆が立つ!)の『クール・クールLSD交感テスト』によるとLSDを服用したキージーは病院の窓の外を飛び回っているリスがドングリを落としたとき、それが大音響を発したような幻覚にとらわれたのだそうです。

クール・クールLSD交感テスト
クール・クールLSD交感テスト


そのウルフはLSDのもたらす効果を次のように解説しています:

まず我々の頭脳は普段、世界から少し距離を置いたところで、半ば閉じた状態になっている。ところがLSDを服用すると、頭脳の扉が開放された状態になる。このためこれまでとは違った目で、世界を見ることができるわけだ。


えーっと数日前のエントリーで書きましたけど、スティーブ・ジョブズも大学を中退してアップルを創業するまでの過渡期にLSDを試したことが知られています。

ところで、LSDの服用で起こる幻覚には、良い幻覚もあれば悪い幻覚もあります。LSDがそれを服用する人にどのような効果を与えるかは人によって違い、またその時々でまちまちなのだそうです。で、悪い幻覚が起きてしまうと、それは悪夢のような世界になるわけです。

LSDは当時素晴らしいドラッグとして持ち上げられましたけど、エキサイティングな面ばかりが強調されて、その暗部は正しく伝えられなかったわけです。怖いですね。

LSDに対する、体験者たちの後々の評価は、必ずしも芳しいものではありません。『カッコーの巣の上で』は、キージーのメンロー・パーク退役軍人病院での人体実験にヒントを得て書かれたものなんですね。

さて、キージーがスクールバスによる全米横断ロードトリップを考えたひとつのきっかけは、1963年のケネディ大統領の暗殺事件だと言われています。ケネディ大統領の暗殺はアメリカ人にとってすごいショックでした。しかも暗殺直後から様々な謀略説が流布されたことでアメリカ人は権威に対する信頼感を完全に失っちゃったんですね。

そこで十六年前に『路上』のビート・ジェネレーションがしたのと同じように、またまた人生の意味とは何かを見つける旅に出る必要が生じた……(笑)

アメリカ人は人生に迷うとハイウェイをあてもなく走り回ります。走りながら、考えるわけです。キージーは先ずインターナショナル・ハーベスター社によって1939年に製造された中古のスクールバスを買います。座席を取りはらい、横長のベンチを両脇に据え付ける……天井に丸く穴を開け、円筒形のハッチを取り付ける……バスの後部にはデッキを付けました。そして車体全体にカラフルでサイケデリックな塗装を施したわけです。スクールバスには「より先へ」という名前が付けられました。

こうして「陽気ないたずら者たち」の全米横断ロードトリップが始まったわけです。

一行はスタンフォード大学に近い山間のラホンダ村からスタートし、先ずロスアンゼルスを目指しました。それからアリゾナを経てテキサス州に入ります。

旅行の途中で誰かがLSDをオレンジジュースの中に混入させ、それを皆が回し飲みしたせいで、トリップ状態になった女性メンバーが池に飛び込みました。またバスの後ろのデッキにLSDでハイになった裸の女が登場したので、後ろを走っていた車の運転手はびっくりしました。

マスコミがこの一行の奇行を取り上げたのは、言うまでも無いですね。

ちょうど毛沢東が長征で中国じゅうをぐるぐる逃げ回りながら次第に共産党の勢力をつけていったのと同じように、ヒッピー・ムーブメントもこうやってバス旅行の行く先々で騒動を巻き起こし、そのたびごとに若者達をヒッピーに転向させていったわけです。

大体、わかりましたか? ロードトリップとヒッピーの関係が。

蛇足ですけどビートルズのテレビ映画、『マジカル・ミステリー・ツアー』は「陽気ないたずら者たち」のロードトリップにヒントを得たものだと言われています。