2月15日から3月1日の間に米国の財務省は予算が払底すると言われています。それは去年から揉めている米国連邦債務引き上げ問題の解決の見通しが立たないからです。

そこで「1兆ドルのプラチナ・コインを鋳造すれば、いいんじゃないか?」という提案が議会から出されました。

最初に断っておくと、その提案が実行に移される可能性はゼロです。

米国の法律の中には「財務長官の一存で、プラチナ・コインを鋳造することができる」という条項が埋もれています。但し、プラチナ・コインに限られます。それがプラチナ・コインである限り「どんな額面単位でもOK」なのです。

なぜこんな条項があるかと言えば、それはコイン・コレクター向けに記念コインなどを鋳造するためのはからいです。

それで議会が「1兆ドルのプラチナ・コインを鋳造し、それを財務省の金庫に入れれば、それを根拠としてやりくりができる」と言い始めたわけです。

予算案策定を通じて、財務省のお財布の紐を管理しているのは、立法府である議会です。だから財政規律の擁護者は、本来、議会なわけです。

一方、行政を司るホワイトハウスは、決められた予算の実行に対して責任を持っています

いま、ホワイトハウスがその責務に基づいて「決められた以上、我々は予算通りに2月15日に国庫が払底したらシャットダウンする」と言っているのに対し、もともと予算を策定した議会が1兆ドルのプラチナ・コインという抜け穴利用を提案するのは、自ら財政規律を骨抜きにする行為です。

そこで連邦債務上限引き上げ問題にもう一度立ち返って、これまでの経緯を復習してみましょう。


前回、米国連邦債務上限引き上げ問題でごたごたしたのは2011年の8月です。このときはアメリカ合衆国の長期ソブリン格付けがトリプルエーを失う云々で揉めたのを、皆さんも記憶されていると思います。

その時、急場しのぎとして「赤字削減の話し合いは、後でやろう」ということが決まりました。その話し合いとは、2012年の末までに議会の指名する代表によるスーパーコミッティーが、向こう10年間で1.2兆ドルを削減する法案を作成するというものでした。

そして若しそれに合意出来なかった場合には、自動歳出削減措置(シークェストレーションsequestration=平たく言えば「一律カット」)をするという大見えを切ったのです。

(なるほど、自動的に一律カットというサーキットブレーカーが設けられたから、これなら財政規律は守られそうだな)当時は、そう考えた投資家が多かったです。だから相場が持ち直したのです。

しかしスーパーコミッティーの話し合いはあえなく頓挫し、「一律カット、やるよーっ!」という事が2011年の暮に決定してしまったのです。

(まあ、でも実際の一律カットが始まるタイミングは2013年からと規定されているのだから、いざとなればそれまでに延長を決めれば良いだろう)去年の今頃、スーパーコミッティーの話し合いが決裂し、シークェストレーションが発動されたとき、多くの投資家はそう考えました。その実際のカットの日がやってきたのが、例の「財政の崖」だったわけです。

去年の暮の財政の崖回避では「連邦債務上限の引き上げ問題は、2ヶ月間の猶予を与える」ことが決められました。だからこの二月に1兆ドルのプラチナ・コインを鋳造して問題を先延ばしにすると財政規律がまたまたウヤムヤになってしまうのです。

さて、話は1兆ドルのプラチナ・コインから飛びますが、二月の連邦債務上限引き上げ問題に関して、もうひとつの「ウルトラC」の秘策が下院民主党リーダーのナンシー・ペロシから提案されています。それは「単にアメリカ合衆国憲法修正第14条を発動することで、予算は無視すれば良い」という指摘です。

このアメリカ合衆国憲法修正第14条というのは、南北戦争のときに行われた憲法改正の三つの大きな条項のうちのひとつです。これらの三つをひっくるめて、レコンストラクション修正条項群と呼ばれます。具体的には:

アメリカ合衆国憲法修正第13条(奴隷制の廃止)1865年1月31日の採決で119対56で可決
アメリカ合衆国憲法修正第14条(元奴隷の市民権の保護)1868年7月9日に批准
アメリカ合衆国憲法修正第15条(選挙権に関する人種による制限の禁止)1870年2月3日に批准


がそれらに相当します。このうち修正第14条の第4節に:

法により認められたアメリカ合衆国の公的債務に関し、問題にされることはない
但し米国政府は各州や反乱軍がこしらえた債務に対する補償要求には応えない


という規定があるのです。これはアメリカの内戦である南北戦争で、各州政府がこしらえた膨大な債務のデフォルトを回避するために、借金を連邦政府に一本化(=それは米国財務省証券の発行を意味する)し、これに絶対的な信用を与えるため、「公的負債は詮索されるべきでない」という表現が使われたわけです。

そのへんの経緯については別のエントリーで詳述したので、そちらに譲ります。

でも州政府のデフォルトを回避するために借金の一本化を図るために挿入された表現を、財政規律をウヤムヤにするための方便として使うのは、全く本末転倒と言わざるをえません。