インドの与党、国民会議派の総裁、ソニア・ガンジーが、インド女性がレイプされ死亡した事件に言及しました。

“The barbaric gang rape of a young woman in the nation’s capital has shaken the entire country. People are rightly demanding answers and action.”
“This brave young woman in many ways embodied the spirit of an aspirational India. We will ensure that her death will not have been in vain.”
我が国の首都で若い女性が野蛮な集団レイプの犠牲になったことは国全体を揺さぶった。国民がなぜこのような事件が起きたのかを問い、行動を起こすことを要求するのはむべなるかなだ。
この勇敢な若い女性はいろいろな意味で今の上昇志向のあるインドの心意気を体現している。彼女の死がムダにならないようにする必要がある。


事件が起きたのが12月16日ですから、まるまる一ヶ月以上も沈黙の期間があったわけです。与党の反応の歯切れの悪さは、未だ反動的で因習的な色彩が色濃く残っているインド社会の置かれた、過渡期的な状況を良く表しています。


ソニア・ガンジーは政治の機微を察知することにとても長けており、一時は大幅な地盤沈下を見た国民会議派の再興に尽力があった人です。彼女の息子、ラフル・ガンジーは、つい先日、新しく設置された副総裁というポストに選出されたばかりです。インドでは来年総選挙があるので、これまで温存してきたラフルを高齢のマンモハン・シン首相に代わる次世代リーダー候補として前面に押し出す布石をうったわけです。

ただインド社会が女性の人権問題に関して西欧社会と同様の価値観を持ち始めていると結論付けるのは、早すぎるかもしれません。インドにはまだまだ保守的で後進的な側面が残っているからです。

ガンジー家はアメリカのケネディー家のようにインドでは圧倒的なブランドネームであると同時にケネディー家同様、相次いで暗殺によりリーダーを奪われた、血塗られた家系でもあります。「王朝」として君臨するだけの犠牲を、一族としてこれまで払ってきたとも言えます。

今回、ソニア・ガンジーが婦女暴行事件に言及したのは、そういう点まで含めた極めて微妙なバランスの上での判断だと思われます。