「アベノミクスで本当にインフレを起こせるの?」そういう議論があります。

ネット上の議論を読んでいると「本当にインフレになるためには、賃金が上がらないといけない。賃金はなかなか上がらないだろう。だからインフレにはならない」という意見があります。

僕はこの意見に反対です。

外国株投資、とりわけ新興国への投資に長く携わってきた経験から言うと、別に賃金が上がらなくても、インフレは、来る時には、来る。

たしかに「好景気下で賃金が上昇しはじめるのは最後」という議論は正しいです。なぜなら雇用主は先ず利益を出すことに専念して、その間、なるべく利益圧迫要因となる賃上げには抵抗しようとするからです。だから今般のアベノミクス下においても、賃金は上がらないでしょう。

ただそれと「賃金が上がらないとインフレにはならない」というのは別問題。なぜなら通貨下落による、不景気下でのインフレという恐怖のシナリオが存在するからです。

南米やアジア通貨危機の頃の東南アジア諸国のように、賃金がぜんぜん上がっていないのに、強烈なインフレに見舞われた国の例は、掃いて捨てるほどあります。

それらの国の場合、インフレのトリガー(きっかけ)になったのは自国の通貨安です。自国通貨が急落すると、輸入品の値段が急騰します。それがインフレの原因になるのです。実際、新興国に限って言えば、インフレの原因の90%くらいは、これです。

特に原油など好・不況にかかわらず常に輸入に頼らなければいけない貿易品目がある国(=日本も、これに当てはまります)は公共料金を中心に値上がりプレッシャーを感じます。

実例で説明します。

アルゼンチンは昔、「南米のヨーロッパ」と言われるくらい豊かで、しっかりとした中産階級(ミドルクラス)が存在し、美男美女がカッコよくタンゴを踊る、セクスィな国でした。

しかしアルゼンチン・ペソを高目に設定する為替政策(=それは消費者優先の為替政策と言えます)で慢性的な経常赤字体質でした。
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為替が経済の実力以上に強すぎるので、輸出競争力が無い状態だったのです。

僕は経常収支や貿易収支(=その国の輸出競争力を測る、最もシンプルで、正直なデータ・ポイントです!)を重視します。貿易赤字になっている国は中央銀行のやっている事がどこか間違っていると言い直しても良いでしょう。そのような政策面での小さな齟齬は、長い間無視されます。その間、競争力の減退というプレッシャーは静かに蓄積されるのです。

そしてそのプレッシャーがどうにも堪え切れなくなった時、為替のドラスチックな水準訂正が起こります。アルゼンチンの場合、通貨の実力は、それまでの水準より遥かに低い処でした。
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競争力が無いにもかかわらず、為替を強くすると、「なんとなく不景気だな」という行き詰まり感が経済を支配し、従業員をクビにしやすい国(=アルゼンチンはその一例)では失業者がどんどん増えます。
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日本は従業員をクビにしにくい国なので、「社内失業」とか「派遣社員」での代用が横行するわけです。だから数値としての失業率は低くても「ど~ん」とした停滞感が経済全体を覆うことに変わりはありません。
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で、それがどうにもならなくなった時、つんのめりが来るわけです。日本の場合、去年の後半にシャープとかパナソニックなどの日本を代表するブルーチップ企業の経営がおかしくなり、「キ○タマが、すう~っとするような」怖い場面がありました。

「このままでは日本の輸出基盤が根底から揺らいでしまう!」

そういう危機感が噴出したのです。ドラマチックに為替レートを切り下げることは、急いで安全弁を開けて、プレッシャーを下げる作業に他ならないのです。

これで……ソニーやトヨタのような輸出型企業はホッと一息つけることになりました。しかし物事には必ず表とウラがあります。つまりどこかで為替差益の恩恵に浴する企業が出れば、その裏では為替差損に苦しむ企業があるわけです。それは仕入れの大半を外国に依存しており、しかも財やサービスを消費者に提供するときには円で売っている企業です。その典型例が電気代、ガス代などの公共サービスです。

彼らがどのくらい先まで輸入品の条件を予約してあり、為替をヘッジしているか、僕にはわかりません。でも円安トレンドが定着するのであれば、今度はそれらの企業が利ザヤの縮小や、場合によっては逆ザヤのリスクに晒されるに違いないのです。

アルゼンチンの場合は消費者物価指数がマイナス、つまり日本と同じデフレの状態から、一気に+25%のハイパー・インフレへと猛進しました。
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このときに銀行の普通預金やタンス預金をしていたアルゼンチンの人たちは、大打撃を受けました。「アルゼンチンの中産階級は、壊滅した」という新聞の見出しが躍ったのです。あっという間にオサレな中流の人たちがビンボーになったのです!

唯一、キャッシュをモノや株に換えた人だけが、購買力を維持することが出来ました。これは示唆に富む教訓だと僕は思っています。

もちろん、日本の場合はそれほど大きな為替のアジャストメントではないので、このようなパイパー・インフレにはならないと思います。でも……これだけ為替がぐわんぐわんに動けば「プチ・インフレ」が起こることくらい、察知できなければ、投資家としてのセンスはゼロ。

因みにアルゼンチンの場合、財やサービスが輸入できなくなり、前年比でマイナス50%を瞬間で記録しました。
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