1我々は「ブラック企業」という言葉を気楽に使います。もちろん僕自身もそのひとりであり、その意味で自分は無責任で思慮に欠ける人間です。

しかし、何がブラックで、何がブラックではないか? という境界線は、時として曖昧です。またその時代によってブラックな経営スタイルが世間から容認される場合もあれば、逆にこっぴどく糾弾される時もあります。つまり第三者の評価も、移ろいで行くものなのです。

実はブラックではないのに「あそこはブラック企業だ」というレッテルを貼られて、困っている経営者や一般社員も居ます。逆に実態は暗澹たる状態なのに、経営者に全くその自覚が無く、「自分の会社は、楽しい職場だ」と信じて、これっぽっちも疑わない場合もあります。

ブラック企業を考える上で、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーのカーネギー・スチールはとりわけ興味深い研究対象だと思います。なぜなら彼はカーネギー・ホールや図書館の建設などを通じて筋金入りの篤志家だと世間一般には考えられており、その一方でカーネギー・スチールの経営は容赦ない労働者への締め付けと徹底したコスト削減で激しい競争を勝ち抜いた企業だからです。凄まじい利益の追求は、ついにホームステッド製鋼所における血なまぐさい労働争議というカタチでアメリカ労働史に汚点を残します。

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「意地悪い悪魔(Mean little devil)」と陰口を叩かれたアンドリュー・カーネギーは、なぜ自分の財産の大半を寄付するフィランソロピストになったのでしょうか?

なお、僕は別に米国産業史の研究家ではありませんので、カーネギーという人、ないしはカーネギー・スチールという会社がやったことに対して「良かった」とか「悪かった」という風に価値判断する立場には、ありません。

たまたま1990年代初頭に当時勤めていた投資銀行でUSスチール・カーネギー年金ファンドの担当セールスになった関係で、顧客を知るという立場から同社の社史を調べただけです。


アンドリュー・カーネギーは1835年にエジンバラに近いスコットランドのダンファームリンで生まれました。

アンディ・カーネギーのお父さんは機織り職人でしたが、左翼的な思想の持ち主で、政治集会などによく参加していました。平等な社会こそが理想社会だという価値観をアンディは父から受け継ぎます。

産業革命が起こると蒸気機織機が登場し、父の仕事がなくなります。そこでアンディが12歳のときに一家は親戚の居る、米国ペンシルバニア州アラゲイニーに移住します。

アンディの母はマーガレットという人ですが、世間体を保つことに極めてこだわる人でした。従って一家がアメリカに移民しなくてはいけなくなった事を深く恥じていました。

アンディの母は「トップに登り詰めなさい!」ということを幼少の頃からアンディに叩き込んだわけです。アンディは当然、すごくプレッシャーを感じました。また、弟のトムの方が母に気に入られていることを恨みに思っていました。

カーネギー一家が米国に移住した1948年という年は、蒸気機織機登場の関係でスコットランドのテキスタイル業界が壊滅的な打撃を受けた年で、この年だけで19万人もの人々が着の身着のままでアメリカを目指しました。

一家が米国での落ち着き先であるアラゲイニー(今のピッツバーグ)に着いてみると、そこは豊かな炭田がある関係で製鉄業が興っており、昼間でも空がドス黒い、空気の悪い町でした。貧困もあらゆるところに見られ、カーネギー一家はスラブタウンのレベッカ通りのあばら家の二部屋を借りて住みました。

アンディは13歳でテキスタイル工場のボイラー係となり、その後、電信が町に敷かれたのを機に1849年にテレグラフ・オフィスのメッセンジャー・ボーイになります。それは着電した電報を、ピッツバーグの町中のビジネスマンに届けて回る仕事です。

当時、電報を受け取るような人は地元の名士かリッチなビジネスマンくらいでした。アンディは彼ら全員の名前と顔と住所を覚えました。

アンディの父はアメリカに渡った以降も余り成功せず、渡米7年後に51歳で死にます。

HD_scottT一方、アンディは当時、最も花形産業だった鉄道会社のひとつ、ペンシルバニア鉄道に就職します。ペンシルバニア鉄道の若いマネージャー、トーマス・A・スコットが、メッセンジャー・ボーイのアンディの勤勉をいたく気に入り、「うちへ来い」と引っ張ったからです。

こうしてアンディは17歳のときにペンシルバニア鉄道に入社し、トーマス・A・スコットの補佐として仕事を覚えてゆきます。

ある日、スコットが不在中に鉄道事故があり、脱線した列車の処置をどうすれば良いか、事故現場からスコットのオフィスに問い合わせが来ました。それに対してアンディは「貨車は、その場で全部、焼却しろ」と指示を出します。

アンディがそう判断した理由は壊れた貨車を直すより、新しく作った方が安上がりだからです。

旅行先から帰ってきたスコットはアンディのこの判断を高く評価します。