【まとめ】
■「面白い」メディアになるための三要素■
「わたしにも、わかった!」→理解(Comprehension)
「これは知らなかったな!」→発見(Discovery)
「あれって、どうだったっけ?」→復習(Review)


昨日、個人メディア雑感というエントリーを書きました。

今日は、そこで書ききれなかったことの続きです。

読者に繰り返しサイト訪問してもらうためには、そのサイトが面白くなければダメです。

でもこの「面白い」という事がクセモノで、世の中には、いろいろなカタチの面白さというものが存在すると思います。だから正解はひとつではありません。

ここに紹介するのは、あくまでもMarket Hackとして「面白い」記事とはどんな記事か? という、ひとりよがりな価値観を皆さんとシェアしているのであって、全部のメディアがこうでなければならないという主張ではありません。

自分をメディア・シェフに喩えるならば、皆さんに(これは面白いな)と感じてもらうために、僕がどういう隠し味のスパイスを使っているかということの説明です。

【理解 Comprehension】
「ウェブはバカの暇人のためのもの」という本を、昔、誰かが書いたと思います。僕はその本を読んでいません。

それを断った上で、僕のスタンスは「ウェブはバカと暇人のためのもの」という、読者を見下す態度とは正反対のものです。

言いかえれば、読者に対する限りないリスペクト、いや、畏怖の念(awe)が、全ての出発点だということです。


僕の読者は賢いし、自分より勉強ができる上に、分別もある。たまたま僕の方が、ある事象をよく知っているように見えるのは、これまでの人生でのフォーカスやアングルが、他の人とは違っていたからに過ぎない。だから僕が新しい事を読者の日常に持ち込めば、彼らはたちどころにそれを理解し、消化する……そういうオプティミスティック(楽観的)な世界観の下で、自分の持っているもの、感じていることなどをシェアするわけです。

皆さんはTEDというサイトをご存知ですか? TEDは、その道の達人が、自分の知見や考えを、他の知的好奇心に満ちた人々と分かち合うためのフォーラムです。

そこに登場する人たちは、いずれも専門性の高い分野で、第一人者と目されるスピーカーです。

若しTEDの登壇者が(こんな難解なコト喋っても、どうせおまえらにはわかんないだろう)という態度ならば、TEDはすぐにクソ面白くも無い学者のマスターベーションの場に成り下がると思うのです。

だから(これはどうせ読者にはわからないだろう)と決めてかかって、その結果、まるでスプーンで赤ちゃんの口元に離乳食を運ぶような記事を書くことは、僕はしません。

具体的には「これさえやっておけばOK」という、HOW TOモノの記事がよくやるような、dumbing down(読者をバカにしたような単純化)は、読者の知性、理解能力、経験に対する侮辱だということです。

自分が侮辱されることを面白いと感じるような読者は居ないし、若し居たとしてもビジネスとしてはそんなオーディエンスはマネタイズできない(例:2ちゃんねる)と思うのです。

(ちょっとむずかしいけど、自分にもわかっちゃった!)という、無理した後の達成感こそが「面白い」という感覚を構成する重要な要素なのです。

【発見 Discovery】
優れたメディアは、必ず「もっと、もっと」という読者や視聴者の発見への欲求に応えます。

伝説的なディスク・ジョッキー、ウルフマン・ジャックは「いまこの世で入手できる、サイコーな新譜をON AIRする」という都市伝説を演出しました。多くのリスナーにとって、彼こそが世界にひらける「窓」の役目を果たしたわけです。

下はジョージ・ルーカスが撮った初期の映画、『アメリカン・グラフィティ』の中の一場面で、ウルフマン・ジャック本人がウルフマン・ジャック役で登場しています。



1分31秒からの会話を抄訳すると:

I can’t talk for the Wolfman, but, I can tell you one thing.
If the Wolfman was here, he would say “Get your ass in gear.”
The Wolfman comes in here occasionally, bringing tapes to check up on me and what not.
And the places he talks about that he’s been, the things he’s seen, there’s great big beautiful world out there.
And here I sit, sucking on popsicles.
いまはウルフマンに連絡できない。でも若しアイツがここに居たとしたら、たぶんこう言うだろうな。「おにいさん、しっかりしなよ」
ウルフマンはときどきテープをもって此処に寄る。オレがちゃんと仕事してるかチェックしに来るわけだ。で、彼が行った処、彼がそこで見た事、そんな話をするわけだ。世の中は、広いんだよ。で、オレはというと、ここに座ってアイスキャンディーをしゃぶっているわけさ。


女性のファッション雑誌だろうが、鉄道マニアのための雑誌だろうが、旅の雑誌だろうが、そこには読者や視聴者のイマジネーションを刺激する発見の要素がなければいけません。それは言い換えれば、浪漫(ロマン)です。

「もっと、もっと」というオーディエンスの渇望感、飢餓感に応え続けるだけのスタミナが無ければ、底の浅い、One trick ponyにしかなれません。

ひとつの芸しか出来ない者ほど「これだけが大事で、あとは大事じゃない」という風に決めてかかりたがるわけです。でも読者や視聴者は、既に世の中というものは多様かつ複雑なものであることは承知済みで、「これだけが正しい」という単純なものではないことを理解しています。だから多くの場合、「これだけやっていろ」という押し付けをした途端に、送り手のmystiqueが溶けてしまい、底の浅さが露呈するわけです。

そうならないためには、どうするか?

これはもう努力、努力、努力しかありません。

【復習 Review】
米国のインターネット・ラジオ、「パンドラ」が大成功したのはミュージック・ゲノム・プロジェクトと彼らが名付ける、同じ曲想の曲をコンピュータによって自動的に選んで来て流す手法に依るところが大きいです。

でもCEOのケビン・ケネディーが指摘した、もうひとつの重要なことは、「リスナーは反復が好きだ」ということです。

新しい曲を発見することは楽しいわけですが、自分の好きな曲は、何度聞いてもいい。いや、次々に新しいものを見せられても、既に自分が知っていること、わかっているもの、積み上げてきたこと、それらを機会あるごとに再訪し、「あれって、どうだったっけ?」という過去の知識をsolidify(=強固なものに)することが必要です。

特に経済指標などが「わかる」ということは、それぞれの指標がどういう要素から構成されているとかということじゃなくて、「前と比べて、どう変わったか?」という経緯ないし文脈が分かるということなのです。

プロ野球のファンなら、そのシーズンがどういう風に展開していて、自分の応援するチームのリーグ内の順位がどう推移しているかが気になる筈です。

この「再訪」という行為は、個人メディアにとっていちばん退屈で、かったるい作業ですが、ジャズ雑誌『スウィング・ジャーナル』が何度もビル・エヴァンスやソニー・ロリンズを特集するように、反復は欠かせません。