アメリカの金融コラムニストとして最も有名なうちのひとり、アラン・アベルソン(Alan Abelson)が先週木曜日に他界しました。87歳でした。

アベルソンは記者、編集者、コラムニストなどの立場で、実に57年もの長きに渡り『バロンズ』に関わってきました。

彼のコラムは辛口で、叱責調であり、何事にも疑い深く、「硬派」としての『バロンズ』という週刊紙のバックボーンを構成してきた人だと言っても過言では無いでしょう。

彼が『バロンズ』に就職したのは1956年、「Up & Down Wall Street」でコラムを執筆し始めたのが1966年というから、これはもう気の遠くなるような長いキャリアです。

彼はコラムニストとしては別格の、超然とした存在でしたが、僕は一度だけ会ったことがあります。

S.G.ウォーバーグのニューヨーク・オフィスに勤めていた時代、営業部の大先輩にゲーリー・スタスという老獪なセールスマンが居て、彼とアベルソンが友達だったからです。

ゲーリーのお母様というのは女性としてウォール街で最初に役員まで登り詰めた有名な方で、いつもカラスのようにまっ黒なコートを着て、真黒なつば広の帽子に孔雀の羽根を挿しているという、もう映画に出てきそうなキャラでした。

そのお母様がトレーディング・ルームに現れると、全員が起立するわけです。


その頃(=1989年)のウォール街は、未だ今のようにコンプライアンスにうるさくなかったので、「囁き銘柄」的な材料が出ると、ゲーリーは客そっちのけで先ず手張りの注文伝票を書くわけです。それも最初にお母様の分の伝票を場に通して、それから自分の注文を入れるという順番です。

僕の上司の株式部長が、営業部員の手張り伝票を場に通す前にOKするわけですが、60歳にもなった老練なセールスマンであるゲーリーが、お母様にアタマが上がらない様子を見てクスクス笑いながら決済していたことを思い出します。

で、僕はというと、その手張り伝票を覗き込んで、一体、彼らが何を買っているのか、なぜその銘柄を買っているのか、必死に研究した思い出があります。

そんなゲーリーのところにある日アベルソンがふらっと寄ったので「これから昼飯にするから、お前もちょっと来い」と誘われたわけです。

その日は、当時ウォーバーグで半導体のアナリストをしていたイーライ・サイエグの推奨に関して、ゲーリーとアベルソンがああでもない、こうでもないと議論していました。で、週末に『バロンズ』をニュース・スタンドで買って広げてみると「Up & Down Wall Street」に、そのイーライの推奨の事が記事になっていた……。

アベルソンなきあと「Up & Down Wall Street」はランドル・フォーサイスという元々『バロンズ』で債券のコラム「Current Yield」を担当していた記者が引き継いでいます。なお「Current Yield」は『バロンズ』の中では「Up & Down Wall Street」に次いで最も重要なコラムで、過去に錚々たるライターを輩出しています。ランドル・フォーサイスの奥さんはCNNの朝の番組でスチュワート・バーニーとタグを組んでいた美人アンカー、デボラ・マッキーニです。

フォーサイスはアベルソンの教育の下、羽ばたいた『バロンズ』出身のジャーナリストとして、現在、ニューヨーク・タイムズで活躍しているフロイド・ノリスとダイアナ・エンリケス、「ウエリントン・ウォールストリート」というニュースレターを出しているケイト・ウエリング、「グランツ・インタレスト・レート・オブザーバー」というニュースレターを出しているジム・グラントなどを育てたとしています。

『バロンズ』では毎年、年初に「ラウンドテーブル」という著名投資家の座談会が行われるのですが、それを1970年代に最初に企画したのもアベルソンです。「ラウンドテーブル」のメンバーは、一部、入れ替わっていますが、多くのメンバーはもう何十年も常連になっています。

今回の訃報は、アメリカのフィナンシャル・ジャーナリズムの息の長さ、伝統というものを改めて感じさせました。