ウォールストリート・ジャーナルのシリコンバレー担当の記者にジェシカ・レッシンという女性が居ます。昨日、彼女が目立たないけれど重要な記事を書いているので紹介します。

「Laurene Powell Jobs Goes Public to Promote Dream Act(ローレン・パウエル・ジョブズがドリームアクトをプロモーションするために公の場に姿を現す)」


という見出しの記事がそれです。

記事の紹介に入る前に背景を説明します。先ずローレン・パウエル・ジョブズというのは、スティーブ・ジョブズの奥さんの名前です。
Laurene_Powell_Jobs
(出典:ウィキペディア)

次にドリームアクトというのは非合法に米国内に住んでいる移民(主にその子供)に米国籍を付与しようではないか?という立法運動です。

移民の問題は、次の大統領選挙で最も重要なイシューになることは間違いありません。アメリカの政治は、所謂、パルチザン・ポリティクス(党派的政治)と言って、民主党と共和党がほぼ五分五分で拮抗し、膠着状態になっています。その中で、唯一、ダイナミックな変化を見せているのが若くてリベラルな有権者の政治への参加です。その多くはラティーノに代表されるマイノリティです。だからこのグループに対する対応を間違えると、去年の大統領選挙で負けたミット・ロムニーみたいな、情けないコトになるのです。

さて、背景はこのへんにしてWSJの記事に戻ると、ローレン・パウエル・ジョブズは、普段はマスコミを嫌い、隠遁者的とすら言える生活を送っています。その彼女がドリームアクトをプッシュするために、これまでの黒子に徹するやり方から、表に出るやり方に作戦変更しているわけです。

WSJとのインタビューは「どのメディアの取材に応じ、そこでどのようなメッセージを発信するか?」ということに細心の注意を払った、計算されたパフォーマンスなのです。

ローレン・パウエル・ジョブズはずっと「カレッジトラック(College Track)」と呼ばれるボランティア活動に心血を注いできました。これは高校の放課後の補習というか進路指導のボランティアです。

アメリカで大学へ願書を提出する場合、日本と違って先生からの推薦状やエッセイ、果ては奨学金を申し込むために家計の状況などを提出する必要があります。これは複雑を極めるプロセスです。受験生本人だけでは手に負えないので、親も駆り出されてFAFSA(連邦奨学金申し込みフォーム)のアプリケーションを準備するわけです。これは僕自身も受験生の親の立場で、半ベソかきながら手伝いました。(企業の財務諸表を検分する方が、よっぽどカンタン)

メキシコからアメリカに来た両親は、そういうアメリカの大学入試の迷宮のような手続きをぜんぜん知らないし、それがハンデとなって勤勉な学生でも大学進学を諦めてしまうのです。

ローレン・パウエル・ジョブズがボランティアをしているカレッジトラックの本部はイースト・パロアルトにあります。

イースト・パロアルトはスタンフォード大学からユニバーシティ・アベニューをサンフランシスコ湾の方に向かって、USルート101を渡り、反対側へ渡った処にあります。

同じシリコンバレーとはいえ、パロアルトとイースト・パロアルトでは田園調布と山谷くらいの差があります。まるで、別世界。



カレッジトラックはそこで極めて草の根的な、地道な指導を行ってきました。

問題は折角、高校生たちのモチベーションを向上させ、学力を向上させ、アプリケーションを整えても、「戸籍の無い(undocumented)学生」だと大学入学や、その後の就職でのハードルが高くなってしまうという点です。


なぜ「戸籍の無い学生」が居るのでしょうか?

これはいろいろなケースがありますが、イメージしやすいように一例を示すと、中米の貧困を逃れるため、不法に国境を超え、アメリカに入国した親が居るとします。その親がアメリカで子供を産んだ場合、その子供はアメリカ人になるのですが(=なぜならアメリカでは父親の国籍が子供の国籍を決定するのではなく、アメリカの国土の中で生まれたという事実が大事だから)親が不法に入国していることがバレる事を恐れて、子供の出生証明書の取得をしないケースが多いのです。

このようなカタチで戸籍が無い子供は、アメリカに1,100万人居ます。

なるほど親は不法入国者かもしれないけど、子供の立場からすれば他の子供と同じようにアメリカで生まれて育って、自分がアメリカ人であることを疑ったことが一度も無かったのに、物心ついた頃に親から「おまえは戸籍が無いから、大学にも行けないし、ちゃんとした職業にも就けないし、社会保障も受けられない」と言われたら、グレますよね?

ローレン・パウエル・ジョブズは、カレッジトラックの先にある、もっと根っこの処の問題を解決しない限り、カレッジトラックでのボランティア活動も水泡に帰してしまうという危機感から、表に出て活動することに決めたわけです。

彼女の政治活動への参戦は、相当なdisり、抵抗を受けると思われます。

しかし彼女の財力やコネクションは無視できません。先ず彼女はウォルト・ディズニーの7.3%株式を持っており、筆頭株主です。これは故スティーブ・ジョブズがピクサーをディズニーに株式交換で売り渡したとき、売却代金として受け取った株です。この価値だけで87.2億ドルです。

実際、カレッジトラックのホームページにも、来るディズニーの新作、『モンスター・ユニバーシティ』が表紙を飾っています。つまりハリウッドのパブリシティ・マシーンが始動するわけです。

ディズニー株のほか、スティーブのいろいろな遺産を合わせると、軽く100億ドルを超える財産をローレン・パウエル・ジョブズ基金は持っています。また彼女はヒラリーならびにビル・クリントンとたいへん懇意です。アップルのティム・クックCEOとも仲良しです。

だから若しヒラリーが大統領を狙うのであれば、そのキングメーカーの役割を果たすのは、ニュー・メディア、マイノリティの動員力のあるローレン・パウエル・ジョブズに違いないのです。

ローレン・パウエル・ジョブズは元々ゴールドマン・サックスの債券のストラテジスト(元ゴールドマンCEOのジョン・コーザインの愛弟子)から自然食品のベンチャー企業を創業した経歴の持ち主です。スタンフォード大学でMBAを履修しているときに、そこへ教えに来ていたスティーブと出会って、1991年に結婚しました。

その経歴から見ても、芯の強い女性であることがうかがわれます。

(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief, Market Hack)

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