誰にでも、封印したい黒歴史というものが、あります。

この話は、ずっと昔、doblogというNTTのサービスがあった頃、一度記事にしました。
でもdoblogがサービス停止になったときに、ブログごとその記事も消えてしまいました。

今日、Facebook広告の話で、内輪で盛り上がっていたとき「なぜか僕のFacebookには女性の下着の専門店、フレデリックス・オブ・ハリウッドの宣伝ばかりが出る」という話になりました。

この銘柄は、僕にとってトラウマになっています。

その話をちょっとしたらLINEの田端信太郎サンが「そういえばビクトリア・シークレットのミランダ・カーの写真を、トレーディング・ルームで見ていたヤツがばっちりTVに放映されてしまった事件がありましたよねぇ」とか何とか、わけわかんないコトを愚図愚図いいながら「あの記事、バックアップしてなかったんですか? 残念ですねェ」とか、いかにも書いて欲しそうにしている……

わかったわかった。書きます、書きゃいいんでしょ?

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あれは忘れもしない1991年の冬です。その前の年の夏にイラクのサダム・フセインが突然、クウェートに侵攻し、占領しました。

マーケットの関係者にとって、あのときの弱気相場は、ちょっと筆舌に尽くしがたい怖さがありました。フセインは、あっと言う間にクウェート市内を制圧し、南の、サウジアラビアの国境地帯にあるカフジ油田へと進んで行きました。

(ひょっとして……サウジまで盗る気か)

そういう考えが投資家の頭を過ったわけです。

アメリカ軍はサウジの国境に軍隊を集結して、反撃の準備を整えました。そして1月16日の夜、猛然たる空爆をイラクの首都バクダッドに降らせたのです。この日の爆撃は「バクダッド・エアショー」と呼ばれるほど華々しいもので、我々はトレーディング・ルームに据えられたTVモニターのCNNの実況に釘付けになりました。マーケットは大波乱の展開になり、インテルの株ですら、一日10%くらい乱高下しました。

そのうち「ステルス攻撃機のミサイルが、百発百中だ!」という事が伝えられると「アメリカの半導体技術、スゲー!」という驚きがユーフォリアに変わり、マーケットは奔騰相場に突入します。

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「ひろちゃん、インテル、買っといて」

お客さんからそういう注文が入った時、そのまま伝票を通せば良かったわけだけど、魔がさして「昨日のインテルは荒っぽかったので、指値を切って、オアベターでワークしましょう」と提案してしまったのです。

翌日、買いに行ったわけだけど、オアベター注文にしたせいで、殆ど買えてない。

「だめだな」

「すみません!」

それで翌日も仕切り直しして買いにゆくわけだけど、また買えない。

兎に角、火焔を噴くような大相場で、売り板がスカスカなのです。

「何やってんの、キミ!」

とうとうお客さんの怒号が飛んできました。

そうこうしているうちに陸戦が始まりました。ところがアメリカ陸軍と力を合わせて参戦したサウジの親衛隊、俗に言う「白の軍団」がカフジの戦いで大活躍します。

「白の軍団?」

「そうです、メチャクチャ強いんです」

イラク軍はバスラまで押し戻されたところで総崩れになり、悲惨な潰走を始めます。いわゆる「死の街道」と言うやつです。

3

その頃、ある噂が立ちました。

「兵隊さんが……帰って来る」

そうです、アッと言う間の圧勝で、クウェートに派兵されたアメリカの兵隊さんが引き揚げて来るという観測が流れたのです。

基地の町、サンディエゴなどでは、留守をまもる奥さんの間で、口紅とか勝負下着が飛ぶように売れているらしい……

「これ……ですかね?……」

僕はハイテク相場に乗れなかった失敗を挽回するため、何かいいアイデアを探していました。

「おーっ。いいネ、そのアイデア!」

当時はザ・リミテッドという婦人服専門店がイギリスの通販会社、ビクトリア・シークレットを本格的に全米で展開しはじめたばかりの頃で、オシャレなアンダーウエアが注目されていました。

でもビクトリア・シークレットは未だほんの小さな一部門に過ぎず、別会社として上場されていませんでした。

ところがビクトリア・シークレットの成功を見て、アメリカの老舗の下着通販会社、フレデリックス・オブ・ハリウッドも、上品な下着の商品群を準備するという情報が入ったわけです。

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フレデリックス・オブ・ハリウッドは、アメリカン市場に上場されている小型株で、未だ動意付いておらず、割安でした。

僕はその会社に電話して、足下の業績や、今後の事業戦略について尋ねました。僕が思った通り、ものすごい勢いで商品が動き始めているという話でした。

「よし、この株、行ってみよう」


お客さんも大乗り気で、静かに安値で拾い始めました。

「広瀬さん、なんか面白い銘柄、仕掛けてるんですって?」

異変に気がついたのは、そのすぐ後です。

当時のニューヨークの日本の機関投資家のコミュニティは、バイサイドの親睦会のようなものがあって、ブローカーの評判は、筒抜けです。噂を聞きつけた他の機関投資家から「僕も乗りたい」という提灯がどんどん付いたわけです。

最初チョロチョロだった注文は、途中から怒涛のようなペースになりました。

「What’s going on?」

テディーという営業マンが僕にそう訊いてきました。僕が何を引き合っているのか、探りを入れているわけです。

「Nothing(なんでもないよ)」

テディーは地場証券、グランタル出身で、グランタルはスティーブンC.コーエンを輩出した「愚連隊」として有名です。瞬く間に噂がウォール街中に広まりました。

その時、チーフトレーダーのマイクが「フレデリックス・オブ・ハリウッドに百万株のクロスを入れるぞ。これから立会場に報告する!」とスピーカーで怒鳴りました。

「大変だ、ジャップがフレデリックスを買い占めている!」

トレーディング・ルームはハチの巣をつついたような状況になりました。

「なんだなんだなんだ、ロックフェラー・センターの後は、フレデリックスかよ? 日本人は、アメリカのトロフィー資産を、全部買い占めやがって」

「ちょっと待って、何時からフレデリックスがアメリカのトロフィーになったんだい?」

「そりゃ、おまえ、フレデリックスはアメリカ人の、ココロのふるさとだ!」

そんな言い合いになったとき、アシスタントのクリスティーンが「ケーブルTVが取材に来るって」と僕に告げました。

(まずい)

日本人の機関投資家グループが、アメリカのエッチな下着専門店の株を買い占めているという事がTVで放映されたら、国辱ものです。それだけは、何としても避けないといけない……

「あ、俺、背中痛い。か、カイロプラクタ、行ってくるわ」

「でもTVが……」

「テキトーにあしらっといて」

そう言い残してエレベーター・ホールに行きかけて、(まてよ、エレベーターでTVのレポーターとはち合わせたら、お陀仏だぞ)と思い、非常階段の扉を開けて、てくてく16階分を降り、七番街の雑踏の中に消えたのです。

その後、フレデリックス株は新値を追いました。僕は逐一会社に電話を入れて、売上をチェックしていたので、決算が良くなる事は、わかっていた……。

でも、折角、ぶっちぎりに良い決算が発表されても、もう株価の方は、ウンともスンとも動きません。つまり好材料を、目一杯、織り込んでしまったのです。

頼みの綱は、ビクトリア・シークレットを模倣して、上品なカタログを仕掛けるという会社側の言葉です。

「カタログが刷り上がったら、すぐに送って下さい」

僕はそう会社の女の子にお願いして、段ボール箱いっぱいに詰まった最新のカタログを会社に送ってもらいました。

で、到着したカタログを開けてみると、なるほど表紙はパステル調の上品な仕上がりになっています。

僕はそのカタログを持って、株を買ってくれたお客さんを順番に訪問しました。

「ほう、いいねぇ」

お客さんもそれを見るなり、感心した様子でした。

ところがカタログをどんどんめくってゆくと、後ろの方になるほど過激な下着が出てきます。ビニール製のSMプレイの下着とか、バイブレーターとかが出てきて、お客さんも目を白黒させています。

「あ、この下着、こんなところに穴が……」

僕は返す言葉も無く、うつむいてしまいました。

結局、品薄で舞い上がった株というのは、下がるときもドカ下げします。

やっとの思いで買い過ぎたフレデリックス株の投げが完了した頃、マンハッタンには戦勝の凱旋パレードのティッカー・テープの花吹雪が舞っていました。

「LAにアソビに来なさいよ。ハリウッド・ブルバードの下着の殿堂に来れば、マドンナのコルセットとかあるわよ」

フレデリックスの会社の女性が電話してきてLA特有の、甘ったるいヴァレー・トークでそう勧めるので、「もういいんです」と言って静かに電話を置きました。

それ以来、僕はロスアンゼルスに出張するときも、チャイニーズ・シアターとかがあるハリウッド・ブルバードの界隈は絶対に避けています。

特にお客さんと一緒のときは舗道に星型のプレートがはめこんであるハリウッド・ウォーク・オブ・フェームとかも「あんなの、なんでもないですよ。かならず、がっかりします。時間のムダです」とか何とか言って絶対に案内しないわけです。

万が一、フレデリックス・オブ・ハリウッドの下着の殿堂を目撃されでもしたら、黒歴史が蘇ってしまうからです。



(文責:広瀬隆雄、Editor in Chief, Market Hack

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