シリアで化学兵器が使用され、オバマ大統領が「シリアはレッドライン(最後の一線)を超えた」と警告しました。この一件で、国際政治におけるアメリカの役回りに関して、議論が沸騰しています。それはつまり「アメリカは、まるで世界のおまわりさんみたいに振舞っているけど、アンタ、一体、何様?」という世界の反感です。

この問題の歴史的背景を解説する前に、僕個人はどう考えているかを断っておくと、僕はアメリカのこのような考え方を「スーパーヒーロー症候群」と呼んでいます。つまりこれは中二病をこじらせたような困った性癖であり、世界のためになるというより、迷惑になるケースの方が多いと思うわけです。だからこれはアメリカ擁護論ではありません。

それを断った上で、アメリカがどういう経緯で「スーパーヒーロー症候群」を病んでしまったかを知る事は、国際政治を考える上で参考になります。

そもそもアメリカという国は、イギリスから離反し、新天地を求めた清教徒たちが入植した土地であり、その生い立ちからして、旧世界に背を向けるというか、「オレ達は、外国と関わりたくない」というキモチが強くありました。その思いはボストン茶会事件とか、独立戦争(イギリス軍にニューヨークを盗られたりして、大変でした)とかで一層、強くなりました。だからアメリカの外交の出発点は不干渉主義、ないしは孤立主義だったのです。

そんなアメリカの消極主義を変えるイベントは2回あり、いずれも世界大戦に絡んでいます。1回目は第一次世界大戦で、このときアメリカはずっと「関わりたくない」として欧州のいざこざに対して距離を置く態度を持っていました。しかしルシタニア号の沈没など、アメリカの民間人がターゲットにされることが頻発したため、戦争反対を公約に当選したウッドロウ・ウイルソン大統領は、選挙時の公約を自らやぶり、参戦する決断を下します。そのとき、ウイルソン大統領は議会で「民主主義を擁護するために、紛争を止めさせなければいけない」という有名な演説をします。この演説こそが「スーパーヒーロー症候群」のひな型となる演説です。

第一次大戦の終結に際しては、ウイルソンは14カ条の平和原則を示し、平和を維持するために守らなければいけない要求を明らかにしました。その最後の要求、つまり第14条が国際連盟の設立です。実はその第12条にオスマン帝国のなきあと、中東をどう収拾するかに関して述べられており、シリアという国が定義されたのも、この規定によります。

ウイルソンはもともと憲法学者で独裁的な政体が基本的人権を脅かす元凶だと考えており、実際、第一次大戦の泥沼化は基本的な人権を脅かす出来事でした。つまりアメリカの不干渉主義、孤立主義を改め、他人のいざこざに首を突っ込ませるためには「人権」とか「民主主義」とかの曖昧だけど普遍的な概念を噛ませてやる必要があったのです。



しかしウイルソンの提唱した14カ条の平和原則は結局、米国の議会では採択されず、国際連盟への参加に関しても米国議会は消極的でした。国際連盟が、国家間の紛争調停ならびに話し合いの場としてウイルソンが期待したような効力を持てなかった一因は、アメリカ議会におけるパルチザン(政党主義)的な傾向が邪魔して、ウイルソンのビジョンを大詰めで具現化することが出来なかったからです。

その後、アメリカは再び「内向き」になります。1929年の株式市場の大暴落に端を発した大恐慌で、アメリカはなるべく外国の事には関わりたくないという、それまでの米国のデフォルトのスタンスを再び踏襲するのです。今回はドイツでナチズムが吹き荒れ、第二次世界大戦になってしまいました。アメリカ議会は戦争に消極的でしたし、フランクリン・ルーズベルト大統領も戦争には関わりたくないという態度でした。

1939年にドイツがポーランドに攻め込んだとき、ドイツは全部で2000台の戦車を保有していましたが、アメリカには325台の戦車しかありませんでした。戦車部隊の総指揮官に任ぜられたジョージ・パットンは部品が無くて動けない戦車が多いので、「早く部品を送れ!」と催促します。でも議会から徹底的に軍備の予算を切り詰められていたので、いつまでたってもボルトやナットが届きません。それでジョージ・パットンは思いあまって自腹を切ってシアーズ・ローバックのカタログから部品を購入したのです。

アメリカ陸軍が、そんなヌルいことをやっている間に、ユダヤ人の虐殺、つまりホロコーストが発生したわけです。「人権」と「民主主義」を結び付ける、例の発想を再びアメリカが担ぎ出して来なければいけなくなったのは、そういう事情からです。

シリアでの化学兵器の使用は、少なくともアメリカにとっては「人権」の問題です。(なぜならアメリカ人が脅威にさらされているわけではありませんから)

それなのに「人権」くらいの問題で、なぜアメリカがしゃしゃり出るのだ? と言えば、このような経緯があったからです。

今回、オバマ大統領がシリアの問題で大統領のWar Power(=戦争を始める権限)に関して論争に巻き込まれたのは歴史の美味しいアイロニーだと言えます。なぜなら第一次大戦の戦後処理の過程で、異教徒同士を無理矢理ひっつけて、シリアという国の線引きをしたことに、アメリカも一枚噛んでいたからです。オバマ大統領がウイルソン大統領と同じ、憲法学者出身だという点も偶然にしては出来過ぎです。

オバマ大統領はシリア制裁に際して「議会の同意を仰ぐ」という判断を下した際、当然、ウイルソンの犯した過ち(議会を無視したために14カ条の要求が採択されなかった)を深く研究したと思います。