若者が過疎の地方から東京へ出て来る動機は、突き詰めて言えば(こんな人生は嫌だ)という閉そく感だと思います。

(東京に出れば、新しい人生が始められる……)

この心の動きの裏返しは、(地方はいつまで経っても、変わらない)という諦観に他なりません。

もちろん、全ての地方の若者がそう感じるわけではありません。若し、今の自分に満足なら、今の場所を動く必要は、全く無いのです。

つまり自分をリセットしたいときだけ、東京に出るわけです。

この、地方と東京のカンケーが、グローバルなスケールで展開されている処が、シリコンバレーやニューヨークです。

つまり(アメリカで一旗あげたい)と考える若者が、世界からニューヨークとシリコンバレーの二か所に集まって来るわけです。そして自分個人より、もっと大きな潮流の、歯車の一つになるために、このカネやヒトの流れに、合流するわけです。

一例としてマーク・ザッカーバーグがFacebookを立ち上げた時、フェイスブックという会社はボストンにありました。「世界を変える!」という気概を持ったフェイスブックという会社でさえ、(世界を変えるにあたって、本社はやっぱシリコンバレーにある方が、都合がいいよね)ということでシリコンバレーというメガトレンドに合流したわけです。

ニューヨークやシリコンバレーは、新参者に寛容な土地です。そこでは絶え間なく既存のヒエラルキーがひっくり返っています。この流動的な状況は、新しいコトを企てるのにとても都合が良いです。言い換えれば、社会の流転を、事業や個人の目的の達成のために利用することが常識となっているわけです。そこでは変化は所与の条件であり、ノーマルな状況です。


その土地の変化の速度が個人の過去をきれいに洗い流してしまうので、ニューヨークやシリコンバレーでは誰もが「なりすまし」することが可能です。つまり新しいアイデンティティ、「新しい自分」を確立することが出来るのです。

ニューヨークやシリコンバレーに辿りついた人間は、他の皆がそうするように、現地でボトムから這い上がってゆきます。

若しニューヨークやシリコンバレーにやってきた人が、結局、それらの場所を去るという決断をしたのならば、その理由はただ一つです。即ちそれらの社会に「組み込まれていない」からです。

かつてアレキサンダー・ハミルトンが「戦争の混乱の中だけで、男が成る」という言葉を残しましたが、戦国時代は成り上がりにとって都合が良い、いや、成り上がるためには、なくてはならない環境なのです。なぜなら、個人の力では、社会の全てを変えることは出来ないからです。

ハミルトンほどの天才がニューヨークという街を必要とし(彼はカリブ海のニーヴィス島の出身です)、マーク・ザッカーバーグがシリコンバレーを必要としたように、自分の夢を実現するためにはそれにふさわしい舞台が必要だということです。

戦国時代のような、ダイナミックな環境に自分をポジショニング出来た人間が、次に考える事は、(いまの自分に何が出来て、次に自分はどう動けるか?)ということだけです。

ちょうどスペインのコンキスタドール、コルテスが新大陸に着いた時、自分たちが乗ってきた帆船をわざと焼き尽くし、二度と後戻りできないようにしたように、自分を変革する決意を持った人は、不退転の決意で、シリコンバレーやニューヨークから離れません。

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シリコンバレーやニューヨークにやっとの思いでやってきた中国人、インド人、韓国人たちの間では「母国に錦を飾る」という発想は希薄です。むしろ、現地にどう同化(assimilate)するか? ということだけを考えています。日本人だけが、東京本社の方を気にしながら仕事しているわけです。

やっとの思いで、活躍の舞台を手に入れ、現地の競争の中にもぐり込むことに成功した人間は、「日本にもシリコンバレーを作ろう!」というようなヌルい発言はしません。

シリコンバレーは、ひとつで十分なのです。


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PS:人生をリセットするための街、ニューヨーク……その魅力について以前、三部作を書きました。